2017年の回顧と展望
こんにちは。年の瀬となり、色々なところでこの一年間の回顧が行われています。『このライトノベルが凄い!』も刊行され、各種ブログでもこの一年間のおススメ作品がまとめられているのを見るにつけ、いかに自分が時代に取り残されているかを痛感します。とはいえ、このブログは流行を追うのでなく、現代日本のライトノベルを「評論する」ことです。ですので、今回はこの一年の本ブログを振り返り、回顧と展望を記してみたいと思います。
そんなわけで、今回のお品書きは、(1)2017年下半期アクセス数ランキング、(2)ブログ主的2017年の思い出の記事の二本立てでお送りします。よろしくお付き合い下さいませ。
―目次―
2017年下半期アクセス数ランキング
第1位 素晴らしきものへの愛を語る
栄えある第1位は、この記事。間違いなく2017年を代表する素晴らしい作品です。小説『スーパーカブ』は、心理描写と心情風景の美しさ、スーパーカブへの愛情のどれをとっても見事な物語でした。
やはり、話題になった作品をいち早く紹介したことがアクセス数の上昇に貢献したものと思われます。また、一緒に紹介した作品(入間人間『安達としまむら』、橋本紡『空色ヒッチハイカー』、一二三スイ『世界の終わり、素晴らしき日々より』)も良い作品ですので、併せてお読みください。
第2位 読み手に挑戦するライトノベル
長い休止を挟んでいた本ブログですが、その間ずっとアクセス数を稼ぎ続けていたのがこの記事です。米倉あきら『インテリぶる推理少女とハメたいせんせい』。2013年4月に発表した記事です。
これはもう、奇書としか言いようのない伝説的な作品なのですが、米倉さんがその後、まったく作品を発表しておらず、消えてしまったことが悔やまれます。いつか衝撃的な再デビューを果たすことを期待しています。
第3位 彼女の「革命」の精神
第3位はスクールカーストものの奇作、仙波ユウスケ『リア充になれない俺は革命家の同志になりました』。ヒロインが革命家というとんでもない作品で、全体としてバランスの悪さは気になりますが、ヒロインが一筋縄ではいかない強烈な魅力を放っている作品です。
この作品を突っ込んで紹介しているブログは、ほとんど無いと思いますが、この素晴らしいヒロインの「革命」の精神を掘り下げた記事ということで、私自身も満足しているところです。
第4位は、野村美月『アルジャン・カレール』(上下)を紹介した記事。最近、新作を発表していない野村さんですが、彼女の作品のなかでも異色を放つ作品です。この作品を「ヒストリカル・ファンタジー」という欧米での文学ジャンルを手がかりに考えてみました。
実在した歴史をフィクションに再構成することは、とても大変なことです。一歩間違えれば、トンデモな歴史観へと迷い込みかねません。そんな方向へと陥ることなく、挑戦し続ける作家の作品として紹介しました。
第5位 物語のなかのフィクション
第5位は、枯野瑛『終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?』シリーズです。この人気作の成立の背景を考察し、さらにこの物語のなかの「創作物語〈フィクション〉」という言葉に注目して記事を書きました。
枯野さんはメディアへの露出も多く、調べていてとても楽しい記事であったことを思い出します。色々な解釈が可能な作品なので、皆さんも深読みをしてみてはいかがでしょうか。
ブログ主的2017年の思い出の記事
ここまで、2017年下半期のアクセス数ランキングということで、多くの方に読んで頂いた記事の紹介でした。ここからは、ブログ主にとって思い出深かった記事を紹介しようと思います。お暇があれば、ぜひお読みください。
「異世界」とはどのような世界なのか
この記事は、豊田巧『異世界横断鉄道ルート66』を紹介したものなのですが、二つの点で思い入れがあります。一つ目は、「世界設定、キャラクター、ストーリー展開をどのように取り結ぶのか」という観点を明確に示したということです。本ブログが本格的な「評論」を目指す以上、私自身の観点を示すことが求められると考えるのですが、それを多少なりとも果たすことができたのではないかと思うのです。
二つ目は、この記事が作者の豊田先生のフェイスブックで紹介されたことです。全体としては辛口の評価をしたのですが、豊田先生は好意的に紹介して下さいました。この場を借りて、お礼申し上げたいと思います。
だから、僕は世界を救おう/地球が救われた未来で、僕らはまた恋をするから/終わってしまった物語を想像する
地球が救われた未来で、僕らはまた恋をするから ― 今井楓人『救世主の命題』(その二) / 終わってしまった物語を想像する ― 今井楓人『救世主の命題』(その三)
この記事は、今井楓人『救世主の命題〈テーゼ〉』全3巻を紹介した記事です。2013年の作品で、6巻計画のところを3巻までで打ち切られた作品です。この物語は、コンプレックスだらけの主人公が真実の愛を獲得してゆくものなのですが、私はこの作品が好きで好きでたまらず、いつか紹介したいと思い続けていました。
掲載した記事は、合計2万2000字(原稿用紙で55枚分)という長大なもので、3回に分けて紹介しました。特に「その三」では、未完の物語の続きを想像するという、大それたことまで書かせてもらいました。最近、打切りかと思われた作品がファンの支持で継続する例がありますが、3年も前に完結した『救世主の命題』は、もう続刊が出ることはないでしょう。この記事は、私なりの作品への哀悼の辞なのかもしれません。お恥ずかしいかぎりです。
以上、「2017年の回顧と展望」と題して、この一年間の歩みを振り返ってきました。数々の文章上の欠点を抱えているにもかからわらず、2016年12月に再開して以来、おおむね月一回のペースで「評論」を続けることが出来たのはとても嬉しいことでした。このブログを読んで下さったすべての方にお礼申し上げますとともに、今後も頑張ってゆきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
(2018年1月3日 一部修正)
ライトノベルにおけるアンソロジーの位置とその歴史
こんにちは。月イチ更新で進めている当ブログですが、今回は臨時号です。前回に記事「アンソロジーの味わい」では、井上堅二ほか『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』(ファミ通文庫、2017年10月発売)を紹介しながら、ライトノベルの新しい動向について論じました。
この記事を書くなかで考えた二つのことがあります。一つは、現代日本のライトノベルにアンソロジーが少ないのはなぜなのか、ということ。もう一つは、数少ないながらも出版されているアンソロジーの歴史はどのようなものなのか、ということです。ですので、今回は「ライトノベルにおけるアンソロジーの位置とその歴史」と題して、この問題に挑んでゆこうと思います。どうぞよろしくお願いします。
―目次―
1.ライトノベルにおけるアンソロジーと短編小説
(a) そもそも「アンソロジー」って?
そもそもアンソロジー(anthology)とは複数の作者の詩や文章を集めて編まれた本のことです。かつては、日本の和歌集になぞらえて「詞華集」という訳語が宛てられていましたが、最近はあまり見かけないですね。古くは、西洋では古代ギリシアの警句集や詩集、東洋では漢詩選が知られ、日本でも和歌集が伝統的に編まれてきました。支配者にとって「教養」が文化的な資源であった時代では、その「教養」を得る手段としてアンソロジーが重要な役目を持っていたことは見逃せません。
近代に入って、小説というジャンルが定着し、出版が大衆化するなかで、一人の作家が一冊の本を出版するというスタイルが徐々に拡大してゆきます。それでもアンソロジーは、「名作」を手軽に読みたいという読者の要求や、安価かつ簡便に本を出したいという作者の要求に応える出版スタイルとして今日まで定着しています。
複数の作家が作品を発表するという点では、文芸雑誌はアンソロジーと似た性格を持っています。文芸雑誌のことを商業化した同人誌と捉えるのであれば、雑誌はアンソロジーの一種と見ることもできるでしょう。ですから、アンソロジーを特別に出版する際は、何らかの共通テーマを設けたり、記念出版として刊行する場合が多いように思います。
(b) ライトノベルはアンソロジーが少ない
さて、現代日本ライトノベルでは、アンソロジーは一般的ではありません。それはどうしてででしょうか。それは、第一にライトノベルの出版スタイル(あるいはビジネスモデル)に求めることができそうです。
現代日本のライトノベルの一般的な出版スタイルは、単行ハードカバー本と比べて安価な文庫本に書き下ろすものです。それだと出版社の儲けが少ないので、多くの作品がシリーズ化を前提としていて、人気が出れば多くの冊数を刊行します。さらに、刊行スピードも数ヶ月~半年程度と、他の分野と比べて非常に早くなっています。〈安く、そして、大量に〉が基本スタイルということです。
第二に雑誌と短編小説の役割にも注目してみましょう。ライトノベルの雑誌は他の文芸誌と異なり、新作の発表の場としては位置づけられていません。むしろ、人気長編シリーズの短編を主に掲載する場となっています。雑誌に単発の短編小説が入り込む余地はあまりないのです。以前、ライトノベルにおける短編小説の特殊性について、具体的な事例を取り上げました(短編小説賞と「家族」問題をご覧下さい)。短編小説から人気作が出にくいのは、こうした事情が考えられます。
このような特殊な事情を抱えながらも、アンソロジーの企画・出版されるということは、実に驚くべきことです。そこには、出版社や作家の意気込みが詰まっており、それゆえに味わい深い作品が登場することになるのでははいでしょうか。
2.ライトノベルにおけるアンソロジーの歴史
(a) 源流としてのゲーム小説
ライトノベルにおけるアンソロジーの歴史を紐解くとき、最初に現れるのはリプレイものに代表されるゲーム小説です。富士見書房の「ドラゴンブック」、メディアワークスの「電撃ゲーム文庫」、ファミ通文庫の前身にあたる「ログアウト冒険文庫」や「ファミ通ゲーム文庫」など、1990年代以来のライトノベルのもう一つの側面がゲーム小説と呼ばれるジャンルでした。これらの作品では複数の作家が関わることとも多く、2000年代に入ってからも、『月姫』、『ToHeart2』、『ファイナルファンタジーXI』といったゲーム作品や、『ソード・ワールドRPG』といったテーブルトークRPG作品などのアンソロジーが刊行されています。
以下に見る、オリジナル小説のアンソロジーを発行している富士見書房(ファンタジア文庫・ミステリー文庫)とファミ通文庫は、ゲーム小説の刊行元という点で共通していることが指摘できます。
(b) 富士見ファンタジア文庫・ミステリー文庫:お祭り騒ぎの楽しさ
ライトノベルにおけるアンソロジーの2大発行元、富士見書房を見てみましょう。富士見ファンタジア文庫1000冊記念として出版された『突撃アンソロジー 小説創るぜ!』(富士見ファンタジア文庫1000、2004年4月発売)は、秋田禎信、神坂一、賀東招二、榊一郎の4人が読者応募の設定をもとに短編を書くという企画で、1990年代後半から2000年代前半のファンタジア文庫絶頂期の勢いを感じさせる抱腹絶倒の内容です。同じく2000冊+25周年記念の際も、ファンタジア文庫編集部編『ファンタジア文庫25周年アニバーサリーブック』(富士見ファンタジア文庫2000、2013年3月発売)がありますが、こちらは当時の人気作の短編6つを集めただけという印象が強く、正直拍子抜けしました。また、『スレイヤーズ25周年あんそろじー』(2015年1月発売)は面白かったと記憶しています。
富士見書房で忘れてはならないのが、『ネコのおと』(富士見ミステリー文庫、2006年12月発売)です。これは新井輝、築地俊彦、水城正太郎、師走トオル、田代裕彦、吉田茄矢、あざの耕平の7人によるリレー小説で、各々の作品のキャラクターが縦横無尽に登場し、ほとんど悪ふざけの展開で次に書く人を困らせる伝説の作品です。『小説創るぜ!』的なエネルギー迸る、富士見書房のお祭り騒ぎを感じることができます。
(c) ファミ通文庫:コンテンツ重視とテーマ重視
さてさて、現代日本のライトノベルにおいて、もっともアンソロジーを出しているのはファミ通文庫です。これまでに刊行されたシリーズは以下の4つ。(1)コラボアンソロジーは、『コラボアンソロジー1 狂乱家族日記』(2008年8月発売)、『コラボアンソロジー2 “文学少女”はガーゴイルとバカの階段を昇る』(2008年10月発売)、『コラボアンソロジー3 まじしゃんず・あかでみい』(2009年1月発売)の計3巻が刊行されています。このシリーズは、日日日『狂乱家族日記』、井上堅二『バカとテストと召喚獣』、榊一郎『まじしゃんず・あかでみい』、櫂末高彰『学校の階段』、田口仙年堂『吉永さん家のガーゴイル』、野村美月『“文学少女”』シリーズといった人気作をそれぞれの作家とイラストレーターがコラボして書くというファンブックで、Web掲載や特集ムックに掲載された作品が中心になっています。『ネコのおと』的な、人気作品というコンテンツを生かしたお祭り騒ぎのアンソロジーですね。
2000年代後半のコンテンツ重視のアンソロジーに対して、2010年代に入ってから刊行されているのは、テーマ重視のアンソロジーです。(2)ショートストーリーズ:『ショートストーリーズ 3分間のボーイ・ミーツ・ガール』(2011年7月発売)、(3)ホラーアンソロジー:『ホラーアンソロジー1 “赤”』(2012年7月発売)、『ホラーアンソロジー1 “黒”』(2012年8月発売)、(4)部活アンソロジー:『部活アンソロジー1 「青」』(2013年7月発売)、『部活アンソロジー2 「春」』(2013年8月発売)の三つのシリーズがこれまでに刊行されています。
これらのシリーズは、日日日、綾里けいし、庵田定夏、石川博品、井上堅二、嬉野秋彦、岡本タクヤ、櫂末高彰、榊一郎、佐々原史緒、田尾典丈、竹岡葉月、野村美月、舞阪洸、森橋ビンゴといった人気作家を動員している点では(1)と同じなのですが、こちらでは味わい深いオリジナルの短編を読むことができます。また、これらのシリーズから、岡本タクヤ『僕の学園生活はまだ始まったばかりだ』(ファミ通文庫1238、2013年6月発売)や野村美月『SとSの不埒な同盟』全2巻(ダッシュエックス文庫、2015年7~10月発売)といった単行本も生まれました。
前回、紹介した『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』は、ファミ通文庫によるテーマ重視のアンソロジーが、4年ぶりに新たに刊行されたという点でも、大きな意義があります。形式的には、2011年刊行の(2)ショートストーリーズの第2巻です。なお、20作収録というのも恐らくライトノベル新記録です。
ショートストーリーズ 3分間のボーイ・ミーツ・ガール (ファミ通文庫)
- 作者: 井上堅二,ほか,白味噌
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2011/07/30
- メディア: 文庫
- クリック: 17回
- この商品を含むブログ (18件) を見る
(d) その他
その他、メディアワークス文庫の初期のラインナップに、綾崎隼・入間人間・紅玉いつき・柴村仁・橋本紡『19 ―ナインティーン―』(2010年12月発売)もあります。しかし、残念なことにその後同様の企画は出ていません。
他にもライトノベルのアンソロジーはあるのかもしれませんが、私が知っている範囲ではこんなところです。ご存知の方がいらっしゃれば、ぜひとも教えて下さい。
以上、ライトノベルにおけるアンソロジーの位置とその歴史についてまとめてきましたが、いかがでしたでしょうか。ライトノベルにおけるアンソロジーをさらに楽しんで頂くためのきっかけになればと思います。
さらに、ライトノベルという分野は、研究者や評論家が少なく、その意味や位置づけ、歴史についての議論はまだまだ不足しています。一人の人間がカバーできることが限られているのは、もとより承知していますが、次なる議論の手がかりにこの記事がなることも望みます。ここまでお付き合い頂き、まことにありがとうございました。
アンソロジーの味わい ― 井上堅二ほか『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』
皆さん、こんにちは。このブログは、ライトノベルを手広く扱うことを目指しているわけですが、私自身の限界からあらゆる作家やジャンルを紹介することは到底不可能なことです。こういう時に心強いのが、人気作家を中心にして多彩な短編作品を並べているのが「アンソロジー」と呼ばれるジャンルです。
このほど、アンソロジーの新刊『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』(ファミ通文庫1629、2017年10月発売)が刊行されました。参加した作家は、井上堅二を筆頭に、庵田定夏、田口仙年堂、築地俊彦、野村美月、森橋ビンゴら総勢20名。イラストレーターも表紙の竹岡美穂ほか計7名が参加した豪華版です。今回は少し毛色の変わったこの新刊を紹介しながら、ライトノベルの新しい動向についても語ってみようと思います。どうぞお付き合い下さい。
―目次―
△ 特集『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』|FBonline
『僕とキミの15センチ』紹介
(a) 注目ポイント1:アンソロジーの味わい
ここまで『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』の刊行経緯や販売戦略について見てきましたが、この本の最大の特徴は、何といってもアンソロジーであるという点に尽きます。複数の作家の短編小説を集めたアンソロジーは、さまざまな作品を楽しめるというところに最大の味わいがあります。
実は、ライトノベルではアンソロジーは一般的ではありません。それは、ライトノベルに短編の作品が特殊であることに起因していると思われますが、こうしたなかで敢えて複数の作家の短編小説を集めるということは、何らかの意味づけをもって企画されたということに異なりません。それがどのような性格を持っているのかを考察することもまた、アンソロジーの味わいではないでしょうか。以下に、紹介してゆきます。
(b) 注目ポイント2:Web展開の新しい試み
まずは、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』の簡単な紹介をしておきましょう。元はファミ通文庫19周年企画として、KADOKAWA(旧・角川書店)が運営する小説サイト「カクヨム」において行われた「ファミ通文庫×カクヨム「僕とキミの15センチ」短編小説コンテスト」でした。
告知によれば、「15センチ」と「男女」の2つのお題が入っていれば、どんな物語でもOKということで、1万~1.5万字のショートストーリーを募集しています。募集期間は5月31日(水)~7月10日(月)。526作品が応募され、中間選考で100作品、そして最終選考で、くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」が対象を受賞しました[カクヨム]。
このコンテストに合わせてファミ通文庫人気作家による短編小説16作も掲載されました。最初に、5月19日(金)に三田千恵・久遠侑・綾里けいしの3作がアップロードされ、続いて6月2日(金)に水城水城・更伊俊介・佐々原史緒の3作、6月16日(金)に竹岡葉月・岡本タクヤ・石川博品の3作、6月30日(金)に庵田定夏・羽根川牧人・九曜の3作と2週間おきに計12作が載りました。その後、8月25日(金)に御影瑛路、10月25~27日(水~金)にかけて伊東京一・田口仙年堂・築地俊彦の作品が相次いで載りました。これらの作品は現在でもカクヨムで読むことができます[カクヨム]。
今回刊行された文庫『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』は、短編小説コンテストの対象受賞作1作(くさなぎそうし)+ウェブ掲載の16作、さらに書き下ろし3作(森橋ビンゴ・井上堅二・野村美月)が加わっています。一番の大物は後にとっておいたということでしょうか。いずれにせよ、ライトノベルのWeb展開の新しい試みとして、今回の企画は注目することができると思います。
(c) 注目ポイント3:多彩なラインナップ
さて、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』のラインナップは以下の通り。
綾里けいし「In the Room」
庵田定夏「十五センチ一本勝負」
石川博品「七月のちいいさなさよなら」
伊東京一「ジャンパーズ・ダイアリー」
岡本タクヤ「地面から十五センチだけ浮いた程度の物語」
くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」
久遠侑「変わりゆく景色と変わらない約束」
九曜「Xp; 15cm」
佐々原史緒「甘やかなトロフィー」
三田千恵「たった一人のお客さん」
田口仙年堂「ポケットの中の女神」
竹岡葉月「金曜日は恵比寿屋に行く」
羽根川牧人「アイスキャンディーと、時を重ねる箱」
御影瑛路「無事女子にフラれる、夏」
水城水城「思春期ギャルと「小さい」オジサン」
築地俊彦「隣の〇〇〇さん」
森橋ビンゴ「彼女は絵本を書きはじめる」
井上堅二「僕とキミらと15センチにまつわる話」
改めて並べてみますと、作家20名、イラストレーター7名は壮観です。各話平均20ページ、原稿用紙にして35枚ほど。これまでもファミ通文庫の企画で登場してきた有名作家が中心ですが、『近すぎる彼らの、十七歳の遠い関係』の久遠侑、『佐伯さんと、一つ屋根の下』の九曜、『リンドウにさよならを』の三田千恵といったさらなるヒットが期待される新人作家も名前を連ねています。
驚いたのは、伊東京一が久々に登場したこと(たぶん10年ぶり?)と、羽根川牧人や御影瑛路といった、これまで富士見ファンタジア文庫や電撃文庫から本を出してきた作家も参加していることです。(ちなみに、羽根川牧人のデビューは、『ショートストーリーズ 3分間のボーイ・ミーツ・ガール』(ファミ通文庫、2011年7月発売)に収録の「トキとロボット」だと、今回調べて初めて知りました。)その他には、竹岡葉月・竹岡美穂姉妹がそろい踏みというのも面白いですね。
(d) 注目ポイント4:ファミ通文庫ネクスト
『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』は、ファミ通文庫19周年企画ですが、それは「カクヨム」との連携だけではありません。「ファミ通文庫ネクスト」という新たなシリーズの一貫でもあります。同サイトによると、
最近、泣いたり、笑ったりしましたか?
明日起こるかもしれない、あなたの「if」の物語
20周年を目前に、ファミ通文庫ならではのストーリーを発表していきます。ぜひみなさんも物語の世界に没頭してみてください。[FBonline]
というのが、謳い文句ということのようです。その第一弾が「カクヨム」との連携企画だったわけですが、第二弾が新シリーズ「ファミ通文庫ネクスト」というわけです。
「ファミ通文庫ネクスト」シリーズは、2017年7月発売の手島史詞『僕の珈琲店には小さな魔法使いが居候している』と瑞智士記『二周目の僕は君と恋をする』を皮切りに、現在まで毎月1~2冊ペースで刊行されています。これまでファミ通文庫は、背表紙のFBの文字を、オリジナル作品=赤塗り+青の縁取り、ゲームやTRPGのノベライズ=緑塗り+青の縁取りとしてきましたが、「ファミ通文庫ネクスト」は白塗り+青の縁取りとして区別しています。そして、現在までのラインナップから判ることは、いずれも「ライト文芸」や「キャラクター文芸」と近年呼ばれているようなジャンルを意識していることは間違いありません。
ただし、それは「ファミ通文庫ネクスト」が「ライト文芸」のブランドであることをそのまま意味するわけではないと私は思います。メディアワークス文庫や富士見L文庫のように既存のライトノベル出版社が新レーベルを立ち上げたのに対して、あくまで「ファミ通文庫ネクスト」は既存レーベル内の新ブランドという扱いです。ライトノベルの読者層が高齢化している現状を踏まえた販売戦略かと思われます。
謳い文句にある「ファミ通文庫ならではのストーリー」とは、どういうことでしょうか。ファンタジーやラブコメが得意な富士見ファンタジア文庫、やや文芸・SF寄りのスニーカー文庫、萌えに強いMF文庫J、ギャグ・コメディ重視のGA文庫、特殊な作品を連発するガガガ文庫など、おおよその傾向を考えたとき、ファミ通文庫は「青春もの」が強いというところを想起します。
こうした事情を踏まえて、これまでの「ファミ通文庫ネクスト」の刊行ラインナップを眺めていて感じるのは、王道な「青春もの」に軸を据えて、思春期でなく青年期に焦点を当てた作品が目立つように感じます。イラストを見ても、典型的なライトノベルがアニメ的な明るい原色を多用するものなのに対して、「ファミ通文庫ネクスト」ではパステルカラーや青系・黒系の寒色が目立つ印象です。
『僕とキミの15センチ』短評
それでは、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』の中身の方は、どうでしょうか。以下、各作品について短評を記しておきます。本格的な評論となっていない点はご勘弁ください。
綾里けいし「In the Room」
トップバッターとして、頭をぶっ叩いてくれます。テイストは、サスペンス+ホラー。いかにも綾里けいしです。情報量も多くて一文一文が頭に焼き付きます。好みは分かれるかもしれませんが、完成度の高い作品です。
庵田定夏「十五センチ一本勝負」
幼馴染の男女の距離をめぐる、直球どストレートな青春物語。読んでいるこちらが気恥ずかしくなるほど。シチュエーションはありがちなのに、ぐいぐい読ませます。
石川博品「七月のちいさなさよなら」
登場人物が可愛らしいSF(すこし・ふしぎ)作品。読後感はもっとも爽やかでした。ちいさな出会いと、ちいさな別れの話で、主人公と雫たちの時間の違いがポイント。雫たちが高校を卒業したあとは、遠い世界に働きに出るとのこと。働きに出るときが、切ない別れの時なのです。イラストのコダマサマかわいい。
伊東京一「ジャンパーズ・ダイアリー」
ミステリ風味で、花の名前が鍵となっているところにアイデアが光る作品。ただし、織江さんと君島くんの距離が詰まるテンポが速い気もします。文庫1冊分の長さで読んでみたかったかも。
岡本タクヤ「地面から十五センチだけ浮いた程度の物語」
たった20ページにもかかわらず、主人公を取り巻く4人の登場人物が強烈なこと! ヒロインの出雲さんのヤバい感じが、実に尖っています。また、「ほぐし水」の使い方が衝撃的。
くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」
「僕とキミの15センチ」短編小説コンテストの大賞受賞作。主人公の彩華の危うさが、とにかくゾクゾクします。強いインパクトを読者に与えること間違いありません。この作品もまた、文庫1冊分の長さで読んでみたかったという印象を受けました。
久遠侑「変わりゆく景色と変わらない約束」
思春期の感情と情景をめぐる丁寧な描写が光る王道の短編作品。久遠侑のうまさが、短編でもいかんなく発揮されています。別れの寂しさ、会えない切なさ、そして再び会えた喜びが見事なバランスで配置されています。
九曜「Xp;15cm」
筆者も言うように、確かに「15cm」と聞いて私も文庫本のサイズを思い浮かべました。図書館のうんちくが詰まった、味わいある作品。
佐々原史緒「甘やかなトロフィー」
スポーツをテーマに据えた珍しい作品です。ライトノベルではスポーツものはとても数が少ないのですが、ケーキを介することで違和感なく読むことができます。走り幅跳び選手の喜びと苦しみが正面からクローズアップされた、素敵な作品です。
十五夜さんは、この本のなかで一、二を争う強烈なヒロインでしょう。『犬とハサミは使いよう』的な、ボケとツッコミの光る作品。15cmがもはやほとんど意味をなしていなくて、やりたい放題です。
三田千恵「たった一人のお客さん」
ヒロインが一番可愛かったのが、この作品。こんな可愛い彼女を振り回すなんて、なんて主人公の直はけしからん奴なのだ。間違いながらも、最後には結ばれる。甘酸っぱくて美しい青春ストーリーです。こちらも文庫本1冊分で読んでみたかったお話です。
田口仙年堂「ポケットの中の女神」
男女のモノローグが台詞になっていて、それだけで話が進んでゆくアイデアと技量が詰まった作品。ストーリー運びも起承転結がしっかりしていて、安定感があります。ただし、展開の意外性やキャラクターの個性がはっきりせず、他の作品に埋没してしまった印象も受けました。
竹岡葉月「金曜日は恵比寿屋に行く」
秘密の場所という設定のわくわく感、ストーリー展開の意外性、キャラクターの個性ががっちり結びついた素晴らしい作品。他の多くの作品が、「15cm」という題材を短い、小さいものとして扱うなかで、この作品は15cmを大きな存在として描いています。
羽根川牧人「アイスキャンディーと、時を重ねる箱」
「15cm」という題材を5寸の重箱(4段重ね)でとして扱ったアイデアには唸らされました。ただし、タイムトラベルものとしては平板な印象。もう一捻り欲しかったかも。
御影瑛路「無事女子にフラれる、夏」
ライトノベルで、ここまで主人公(そしてその向こう側にいる読者)に気持ち悪さをストレートに打ち出すとは恐れ入りました。別のブログで指摘されていますが、15cm=Cカップはとてもキモい。この特殊なリアルさには、批評性さえ感じます。けれども、頑張れキモオタ。その気持ち悪さと勘違いこそが青春だ。
水城水城「思春期ギャルと「小さい」オジサン」
思春期のギャルが父親との関係を修復するまでのハートウォーミングな作品。近年のライトノベルにしばしば現れる家族もののなかでも、「父親」がきちんと登場する点で珍しく、大変意義深い作品だと感じました。
築地俊彦「隣の〇〇〇さん」
キャラクターの強烈さでは、十五夜さんと並んで一、二を争います。15cmが壁の厚さというのも、あっと言わせます。築地俊彦は、『まぶらほ』の『月刊ドラゴンマガジン』連載で鍛えられた短編の名手です。エキセントリックな香澄に、削岩機を振るう少女は、『まぶらほ』短編を思い起こさせます。
森橋ビンゴ「彼女は絵本を書きはじめる」
登場人物は作家の妻と翻訳者の夫で、名前は伏せられていますが『東雲侑子』シリーズの後日談です。時系列的には、『この恋と、その未来。』の後かと思われます。15cmとは新しい生命の尊さのこと。ライトノベルらしからぬ、大人な物語です。
井上堅二「僕とキミらと15センチにまつわる話」
こちらも登場人物の名前は伏せられていますが、『バカとテストと召喚獣』の後日談です。こういう特別篇を読むことができるのが、アンソロジーの楽しみでもあります。
野村美月「“文学少女”後日譚 つれない編集者〈ミューズ〉に捧げるスペシャリテ」
こちらは明確に『“文学少女”』シリーズの後日談。作家になった心葉と編集者になった遠子がお互いの距離をもう一歩縮めようとする、甘く温かいお話です。このお話目当てに購入した方も多いと聞きます。この間、商業媒体で新作を発表していない野村美月が、久々に発表した作品ということでも注目されます。(ヒストリカル・ファンタジーへの挑戦の補足も参照のこと。)台湾で同シリーズの愛蔵版が出たことに伴って書き下ろした特別篇とのことです[執筆作家一言コメント:p.421]。
総評
以上、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』に収録された全20作品を簡単に紹介しました。私のなかで特にポイントの高かった作品は、石川博品「七月のちいさなさよなら」、佐々原史緒「甘やかなトロフィー」、竹岡葉月「金曜日は恵比寿屋に行く」、御影瑛路「無事女子にフラれる、夏」、築地俊彦「隣の〇〇〇さん」の5作です。
いずれの作品も、核となるアイデア、世界設定、ストーリー展開、キャラクターの個性が噛み合っているのは勿論ですが、これらの要素が短い尺のなかでこそ輝いているところに特徴があります。逆に言えば、これより長い尺を用意した場合、このバランスは崩れてしまうのではないでしょうか。
一方で、文庫本1冊分(約300ページ)くらいの長さで改めて読んでみたいと思った作品もあります。伊東京一「ジャンパーズ・ダイアリー」、くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」、三田千恵「たった一人のお客さん」がこれに当たります。これらの作品は、要素は出揃っていて良いお話なのですが、それを生かす尺が足りず心残りでした。とはいえ、今回の作品を元にした長編が発表されることもあるかもしれません。ファミ通文庫の新しい展開を予期させる企画が世に問われたことを、心から歓迎したいと思います。
【参考文献】
・井上堅二ほか『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』(ファミ通文庫1629、2017年10月発売)
・僕とキミの15センチ(ファミ通文庫) - カクヨム(2017年11月28日閲覧)
・『19周年記念企画ファミ通文庫ネクスト!』 - FBonline(2017年11月28日閲覧)