現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

短編小説賞と「家族」問題 ― 五十嵐雄策『幸せ二世帯同居計画』

 随分と更新をサボっていました。再開したいと思いつつ、実に3年以上も書いていなかったことになります。この間、ライトノベルの動向も随分と変化しました。しかし、変化していない部分もあります。今回はそんなお話。

 

 五十嵐雄策『幸せ二世帯同居計画~妖精さんのお話~』(電撃文庫3186、2016年11月発売)が出たことを店頭で知って、私は衝撃を受けました。本作の「あとがき」などにも書いてありますが、これは13年も前に書かれた作品なのです。知る人ぞ知る、作者のデビュー作がここに復活したのです!

 Wikipediaに書いてありますが、五十嵐雄策は1978年生まれで、第4回電撃hp短編小説賞を受賞し、『電撃hp』Volume.27(2003年12月)に受賞作の「幸せ二世帯同居計画 〜妖精さんのお話〜」が掲載されました。その後、約1年を経て『乃木坂春香の秘密』(電撃文庫、2004年10月)で文庫デビューを果たし、この作品の大ヒットで一躍人気作家となった方です。

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幸せ二世帯同居計画 〜妖精さんのお話〜|電撃文庫公式サイト

電撃hpと短編小説賞

 『電撃hp』という雑誌のことをご存知の方ももう少ないと思います。今の『電撃文庫MAGAZINE』の事実上の前身に当たり、1998年から2007年まで発行されていました。創刊された1998年は上遠野浩平ブギーポップ』シリーズがヒットするなど、後発だった電撃文庫角川スニーカー文庫富士見ファンタジア文庫などを追い上げてゆく、いけいけドンドンの時期でした。電撃ゲーム小説大賞を軸とした新人発掘が軌道に乗り、次々と新しい作品が出てきた時だったのです。そうした上げ潮の電撃文庫の新たな一手が、雑誌の刊行だったわけです。

 とはいえ、最初はメディアワークスも自信がなかったのでしょうか。見た目は雑誌なのに雑誌のコードであるISSNが付いておらず、書籍のコードであるISBNがついていました。形式上は単行本扱いだったのです。

 創刊された『電撃hp』は、時雨沢恵一キノの旅」、秋山瑞人イリヤの空、UFOの夏」などを掲載するなど、電撃文庫のその後を担ってゆく作品を掲載しています。さらに、新人賞として「電撃hp短編小説賞」を設け、さらなる新人の発掘を狙います。しかし、2006年の第7回を最後に行われなくなり、まもなく『電撃hp』も廃刊して『電撃文庫MAGAZINE』に移行しています。一方で、電撃大賞の短編小説部門は残っており、2008年以降、「電撃文庫MAGAZINE賞」に一本化された形です。

 この一連の短編小説賞からデビューした作家は、不思議なことに、あまりヒットしません西村悠や奈々愁仁子といった特殊な例はありますが……)。短い中にアイディアを詰め込まなければならないけれど、詰め込みすぎると読みづらいという短編ゆえの難しさが原因でしょうか。その少ない例外が、「電撃hp短編小説賞」出身の『撲殺天使ドクロちゃん』シリーズで知られるおかゆまさき、そして、今回取り上げる五十嵐雄策です。

短編「幸せ二世帯同居計画」は最先端だった?

 短編「幸せ二世帯同居計画」は、今回発売された単行本『幸せ二世帯同居計画』の第一話に当たります。そのあらすじは、次のようなものです。

 ――両親を失くし、親戚をたらいまわしにされた挙句、公園でサバイバル生活を送っていた俺と妹は、近所で発見した空き家にこっそり移住する。しかし、そこは同級生の成瀬莉緒(なるせ・りお)の一人暮らしの住まいだった。彼女から隠れて行う同居生活は、いつしか彼女と「妖精さん」との同居生活ということになり、そのなかで俺は「妖精さん」として莉緒と接しているうちに彼女の孤独な内面を知ってゆく。学校で莉緒にピンチが突如訪れ、俺は彼女を助けて「妖精さん」が自分だと明かす。彼女は俺と妹との同居生活を正式に認める――「だって瀬尾くんたちは“妖精さん”なんだから」。

 

 ライトノベルのなかで、「同居もの」は数多くあります。例えば、築地俊彦まぶらほ』シリーズや逢空万太這いよれ!ニャル子さん』シリーズなどの「押しかけ女房もの」で、高橋留美子うる星やつら』に原点があると言われます。いずれも「ハーレムもの」のサブジャンルで、学園でハーレムを作れば「学園ハーレムもの」に、家庭でハーレムを作れば「同居もの」になるという訳です。

 しかし、「同居もの」を単純に「ハーレムもの」のサブジャンルと言うことが出来ない動向も見逃せません。「同居もの」の近年の特徴は、「家庭」あるいは「家族」にこだわる点です。「同居」がタイトルに付くライトノベルを見てみると、緋月薙『前略。ねこと天使と同居はじめました』(全6巻、HJ文庫、2010年8月~12年7月)、菱田愛日『夜のちょうちょと同居計画!』(全3巻、電撃文庫、2011年5月~11年2月)があります。2010年代初頭の時期はこうした「同居=家族もの」がたくさん出たように記憶しています。

 

 こうした「同居=家族もの」を象徴する作品が、今年亡くなった松智洋の『パパの言うことを聞きなさい!』(全18巻+1巻、集英社スーパーダッシュ文庫、2009年12月~16年7月)であることは言を俟たないでしょう。この作品の面白いところは、タイトルとは裏腹に、主人公は「パパ」に容易になれず、したがって「パパ」の言うことを聞いてもらえないという状況が展開しているところです。別の言い方をすれば、《父親なき家族》あるいは家父長制の崩壊状況が生じている作品なのです。

 父親と母親がいて、子供がいる――そんな世帯はもはや多数派とは言えなくなっています。いまや「家族」と一口に言っても、実際の形はバラバラであることは、誰もが知っていることです。そして、「同居=家族もの」はこうした状況を、容赦なく炙りだしています。こうして考えたとき、2003年の短編「幸せ二世帯同居計画」は、時代の最先端を行っていたと評価することができるのかもしれません。

単行本『幸せ二世帯同居計画』のゆくえ

 ライトノベルにおける「同居=家族もの」の展開を踏まえたうえで、単行本『幸せ二世帯同居計画』に書き下ろされた第二話以下を読むと、短編と単行本の違いも浮かび上がります。

 第一話では「妖精さん」が強調されているのに対し、第二話以下ではむしろ「家族とは何か」という問題がクローズアップされてゆきます。第二話では第三の同居人となる佐藤向日葵が、実父とその再婚相手といかに向き合うか、第三話では俺と莉緒がいかに距離を縮めるか、第四話では俺や莉緒たちがいかに住居を守るかが主題です。

 

 第四話で、主人公である俺は、老人(溝口友蔵)の問いかけに対して「家族とは何か」という問いへの答えを示します。

「“家族”っていうのは、あらかじめ決められているものじゃない。きっと、なるものなんです。夫婦だって、最初から“家族”なわけじゃない。絆と信頼を通して、いっしょに過ごした時間と思い出とを通して、自分たちでそのカタチを手に入れるものなんだと思います。それが俺にとっての“家族”です。だから俺たちは……胸をはって、“家族”だと言えます!」[五十嵐, p.269]

 もちろん、老人は「絆と信頼」という答えが、「青臭い言葉」だと知っています。ですが、それは「戦後の混乱」のなかで身を寄せ合って生きたという自身の体験を思い出しながら、主人公の言葉を肯定します。高齢福祉施設に入れられた老人の語る「家族」の歴史の重みが、主人公の語りを支える構造になっているのです。

 

 「妖精さん」から「家族」へ。観念的なものから現実的なものへの転換は、しかし、この物語を内部から軋ませます。最大の問題が、彼らの経済生活です。主人公と莉緒は高校に通いながら、ほぼ毎日をアルバイトで生活費を稼いでいます。しかし、家族4人を支えるに足る収入は確保できるのでしょうか。この問題は、主人公や莉緒が大学進学をするか高卒就職をするか、あるいは主人公の妹の中学・高校進学をめぐって再燃する問題です。

 すでに本作は、「家族」を取り巻く重苦しい問題に踏み込んでいます。主人公のアルバイト先やヒロインの実父の存在という、続編に向けた伏線も仕組まれています。この物語は、強烈な個性を持ったキャラが登場する物語でもなければ、思いもかけないストーリー展開で読者を魅了する作品でもありません。その意味では、本作は刺激のある分かりやすいライトノベルではなく、これから様々な「現実」に向き合わざるをえない作品のです。

 

 そのため、続編が書かれるとすれば、作者は「同居すること」、「家族とは何か」という問題に改めて向き合わざるをえません。恐らく、「家族」が「現実」に直面したとき、再びクローズアップされるのが「妖精さん」なのかもしれません。作中でも、「妖精さん」は莉緒の祖母の言葉であることは示されるものの、祖母がなぜ「妖精さん」を語ったのかは明らかにされていません。

 若者たちの奇妙な「同居」と「家族」を裏で支えている、二人の老人たちの語り。「家族」問題が老人問題と密接に関わっている今日の日本社会をこのライトノベルは示しています。若者たちと老人たちを結ぶ「妖精さん」の今後のゆくえに注目したいと思います。

(2017年1月8日 一部修正)

幸せ二世帯同居計画 ~妖精さんのお話~ (電撃文庫)

幸せ二世帯同居計画 ~妖精さんのお話~ (電撃文庫)

 
パパのいうことを聞きなさい! (集英社スーパーダッシュ文庫)

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