現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

交錯と別れの小さな火花 ― 川原礫『ソードアート・オンライン プログレッシブ』「星なき夜のアリア」

 皆さん、こんにちは。1年半も記事の更新をサボっておりました。本格的な記事を書く時間がなかなか取れないのですが、リハビリのつもりで文章を書いてみようと思います。ですので、Twitter (@b_sekidate) でいくらかつぶやいた内容を、加筆してお届けします。

 さて、今回取り上げるのは、現在劇場で公開中のソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』の原作となる作品「星なき夜のアリア」です。本作は『ソードアート・オンライン プログレッシブ』(SAO-P)シリーズの第1話に当たり、作品舞台となる浮遊城アインクラッドの第1層をプレイヤーたちが攻略するまでの物語です。原作の味わいを精読して、本作に対する理解を深めることができたらと思います。

―目次―

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△ 川原礫&ソードアート・オンライン 公式サイト電撃文庫

△ 『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』オフィシャルサイト

1.劇場版と原作の違い

 まず、劇場版と原作の違いについて簡単に触れておきましょう。今回新たに製作された劇場版では、アスナを主役に据えた新しい解釈からSAO-Pを描いています。具体的には、アスナ結城明日奈)のバックグラウンドとなる現実(リアル)での生活が描写され、新たなキャラクターとして、アスナとリアルでも知り合いであったミト(兎沢深澄)が登場します。そして、ストーリー全体を通じてアスナが強さを獲得してゆく過程が描かれることになります。

 これに対して原作では、キリトとアスナ=主人公とヒロインの二人を主役に据えた物語です(注1)。全体は15節で構成されていて、交互に二人の目線から物語が進みます。ただし厳密には、キリト目線では一人称「俺」、アスナ目線では三人称「アスナ」という文体で文章が綴られています。ストーリー全体としては、二人の最初の出会いと別れの過程が描かれています。

(注1)本作はもともと作者である川原礫のホームページで公開され、今はなき『電撃文庫MAGAZINE』vol.25(2012年5月号、4月発売)の付録に掲載ののち、同年10月発売のSAP-P第1巻に収録されました。これはアニメ版『ソードアート・オンライン』の放送に合わせた動きであったと思われます。[ピクシブ百科事典]

 なお、原作版についてはテレビアニメ第2話「ビーター」に組み入れられていて、のちにキリトとアスナとのファーストコンタクトのエピソードとして位置づけられています。なお、あとから作られた外伝やアニメ版によって、主人公としてのキリトの造形が変化してしまいました(詳しくは、過去の記事「劇場版が原点を再発見させる」を参照)。一方、今回の劇場版では、原作1~2巻の「アインクラッド編」、外伝の「星なき夜のアリア」、アニメ版第2話「ビーター」との矛盾と整合性のバランスに気を配って製作されたという印象を持ちました。

【過去の記事】

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2.出会いのシーン:二人の交錯

 ここからは、原作「星なき夜のアリア」を精読してゆきましょう。先程述べたように、本作は二人の目線が交互に入れ替わって進んでゆきます。これによって、キリトとアスナを対比させながら二人が交錯してゆくストーリー展開になります。

 

 最初の第1節は、キリトの目線からアスナの姿を初めて見たシーンから始まります。その部分を次に引用してみましょう。

 一度だけ、本物の流れ星を見たことがある。

 旅行先ではなく、自分の部屋の窓からだ。空気がきれいで、夜がちゃんと暗い町に住んでいる人にはさして珍しくもないのだろうが、俺が十四年暮らした埼玉県川越市は残念ながらそのどちらでもない。晴れた夜でも、肉眼で見えるのはせいぜい二等星までだ。

 でも、とある真冬の真夜中、何気なく眼を向けた窓の外に、俺は確かに見た。星などほとんどない、深夜でもどこか白っぽい天蓋を垂直に切り裂いた、一瞬の閃光を。〔……〕/あの日と同じ色、同じスピードの流星を、俺は三年(あるいは四年)ぶりに見た

 しかし今回は肉眼によってではないし、背景もダークグレーの夜空ではない。《ナーヴギア》――世界初の全感覚投入型VRインターフェース・マシンの作り出す、薄暗い迷宮の奥底で、だ。

 鬼気迫る、とでも形容したくなるような戦いぶりだった。/〔……〕/かつて、ベータテスト期間中に、パーティーメンバーや敵モンスターが同じ技を使うのを何度となく見ているはずの俺の眼でも、レイピアの刀身そのもではなく、ソードスキル特有のライトエフェクトが描く軌跡しか捉えられなかった。灯りの乏しいダンジョンの薄闇を貫く純白の光芒が、俺にあの日の流れ星を思い起こさせたのだ[SAO-P第1巻:10-11ページ]

ここから分かるように、キリトが抱いたアスナの第一印象は、「光」「純白」「スピード」といったものでした。それを集約する言葉が「流れ星」(「流星」)となっており、それを導出するために「流れ星」の回想が、キリトの(回想ゆえにやや散漫な)意識に即して一人称文体で始まっています。また、「閃光」という言葉も使われていて、のちに「閃光のアスナ」と呼ばれる優れたプレイヤーの片鱗をすでに見せていたことが示唆されています。

 

 続く第2節では、アスナの目線からキリトの姿を始めてみたシーンが描かれます。アスナが迷宮区の奥で気絶してしまい、彼女がふたたび意識を取り戻した時の場面です。

 空地の端、ひときわ立派な樹の根元にうずくまる灰色の影。やや大ぶりな片手剣を両腕で抱え、その鞘に頭を預けるようにして俯いている。長めの黒い髪に隠れて顔は見えないが、装備や体格からして、ダンジョンで気絶する直前に声を掛けてきた男性プレイヤーに違いない。

 恐らく、あの男が、倒れた自分を何らかの手段で迷宮外のこの森まで移動させたのだ。素早く木立の遠景を見渡すと、左側に百メートルほど離れた場所に、天蓋まで届く巨大な塔――アインクラッド第一層迷宮区が黒々とそびえ立っている。

 再び右方向に視線を戻した。その動きを感じたのか、男がダークグレーの革コートに包まれた肩をぴくりと震わせ、わずかに頭を持ち上げた。明るい真昼の森の中でも、男の両眼は、星のない夜空のように黒かった

 闇色の瞳と視線がぶつかった瞬間、頭の奥で小さな火花が弾けた気がした。[SAO-P第1巻:22-23ページ]

この文章では、何度も繰り返し「黒」という色が登場します。アスナが抱いたキリトの第一印象は「黒」「闇」といったものでした。キリトが「黒の剣士」と呼ばれる前に、すでに「黒」をまとっていたことが分かります。さらに、アスナ目線の三人称文体を通じて、「頭の奥で小さな火花が弾けた気がした」とアスナにとってキリトが無視できない存在になっていたことも重要です

 

 ここまでの議論から明らかように、キリトとアスナはお互いに「闇/光」あるいは「黒/白」という象徴によって対比的に描かれており、運命的な存在として物語のなかに配置されているのです。まさに出会うべくして出会った二人というわけですね。

 

3.ラストシーン:「星なき夜のアリア」の意味とは

 本作がいよいよ動き出す第3節以降、アインクラッド第1層の攻略に向けて話が進んでゆき、そのなかでキリトとアスナの交流が少しずつなされてゆきます。最大の盛り上がりは第1層のボス攻略戦で、二人が協力して敵を倒すことに成功しました。しかし、そこで二人のあいだに破局が訪れます。

 破局の原因は、ソードアート・オンラインのプレイヤーたちを分断する「ベータテスター」。キリトは自ら名乗り出て対立を抑えようとしました。そして、その対立にアスナが巻き込まれないように、アスナと別れることを決意します(第15節)。

 いよいよ本作のラストシーン。一人で去ろうとするキリトに、アスナは後ろから声を掛けます。このアスナキリトの名前を知ることになるシーンで、別れを前にして二人はふたたび対比的に描かれます

「…………なるほど」

 俺は思わず口許を緩めながら、右手を持ち上げ、アスナの視界の左端あたりを指した。

「このへんに、自分の以外に追加でHPゲージが見えてるだろ? その下に、何か書いてないか?」

「え……」

 呟き、アスナが顔を左に向けようとするので、反射的にその頬を指先で支える。

「顔を動かすとゲージも動いちゃうよ。顔を固定したまま、眼だけ左に向けるんだ」

「こ……こう?」

 アスナの、はしばみ色の瞳がぎこちなく動き、俺には見えない文字列を捉えた。つややかな唇が、そっと三つの音をこぼす。

「き……り……と。キリト? これが、あなたの名前?」

「うん」

「なぁんだ……こんなところに、ずっと書いてあったのね……」[SAP-P第1巻:165ページ]

ここで重要なのは、二人が物理的に接近するときにアスナの「はしばみ色の瞳」がキリトの目線から描かれていることです。これは、アスナの目線から見た、キリトの「星のない夜空のよう」な「闇色の瞳」との対比にほかなりません。(ちなみに、アニメ版第2話ではこのシーンは省略されていますが、コミック版では見事に表現されています[作画:比村奇石、第2巻:79~80ページ]。)

 本作では、二人は交錯したのち別れることになります。キリトとアスナの関係は、この時点では「一瞬の閃光」あるいは「小さな火花」にしか過ぎませんでした。「アリア」とは、叙情的旋律の〈独唱曲〉のこと。「星のない夜空のよう」な瞳のキリトは一人孤独に第2層への道行きを進んでゆきます(注2)。ここで本作「星なき夜のアリア」は幕を閉じます。

(注2)なお、劇場版のラストでは二人が一緒に第2層に向かうことになります。それは、アスナがミトから自立して新たなパートナーとしてキリトを選ぶという劇場版のストーリー展開を際立たせるための演出だったのでしょう。

 

おわりに

 以上、「星なき夜のアリア」の原作の精読を通じて、キリトとアスナの交錯と別れの物語を読解してゆきました。本記事では、「星なき夜のアリア」が対比的構成に貫かれた作品であることを指摘しました。実は『ソードアート・オンライン』はシリーズ全体を通して、キャラクター、ストーリー展開、世界設定における対比やテーマの変奏再現といったシンフォニー的な構成が確認できます。今回紹介した「星なき夜のアリア」は、そうした作品の特徴が端的に現われていたと言えるかもしれません。

 今回は短めの記事となりましたが、いかがだったでしょうか。最後までお付き合いくださり、感謝申し上げます。

 

【参考文献】

川原礫ソードアート・オンライン1』(電撃文庫1746、2009年4月発売)

川原礫ソードアート・オンライン プログレッシブ1』(電撃文庫2417、2012年10月発売)

・「星なき夜のアリア とは」(ピクシブ百科事典、2021年12月8日閲覧)

 

(2021年12月8日 加筆修正)