現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

土の香りに抱かれて生きる ― 雲雀湯『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件』(その一)

 皆さんこんにちは。半年ぶりの記事となります。今回取り上げるのは、雲雀湯『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件』(既刊4巻、スニーカー文庫、2021年~)です。

 本作は2020年6月から「小説家になろう」に投稿され、2021年3月から文庫化されている作品です。本作は、夏の訪れとともに、再会した二人の距離が縮まってゆくノスタルジーを誘う物語です。しかも、「都会と田舎の距離」や「家庭問題」といった興味深い要素がたくさん詰まった物語でもあります。そんな本作の魅力を、いつものようにネタバレ全開で紹介してゆきますので、よろしくお付き合いください。にゃーん!

―目次―

転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件 | スニーカー文庫(ザ・スニーカーWEB)

1.都会と田舎の距離、二人の距離

 本作『転校先の清楚可憐な美少女……』は、一言でいえば登場人物たちの距離感と関係性をテーマとした物語です。まず、本作の設定とあらすじを確認してゆきましょう。

 夏が始まろうとする6月、「月野瀬つきのせ」という田舎の村から引っ越してきた霧島隼人は、都会の転校先で清楚可憐な美少女・二階堂春希と出会います。実は、彼女も「月野瀬」の出身で、幼い頃に野山を駆けめぐり一緒になって遊んだ「はるき」だったと気付くところから物語が始まります(「終わったと思っていた関係が、夏と共に再び始まろうとしていた[雲雀湯1巻:46ページ])。再会した二人が7年間の距離を埋めてゆきながら、二人を取り巻く友人たちと新たな人間関係を手探りでつくってゆきます。

 

 ストーリー展開としては、第1巻で隼人と春希の「家庭の事情」が少しずつ明らかになります。隼人の場合は、病気の母親の療養のために都会へと引っ越しており、仕事と母親の見舞いのために父親は家を留守にしがちで、妹の姫子との事実上の二人暮らしです。一方、美少女に「擬態」して「良い子を演じてる」春希の場合は[雲雀湯1巻35ページ;147ページ]、何らかの事情で母親が不在で、一軒家で寂しい一人暮らしをしていました。そのことを知った隼人が、一緒にご飯を食べようと春希を連れ出し[同第9話]、母親の問題に触れることで春希は隼人への恋愛感情を自覚するようになります[同第14話]

 第1巻の特徴は、「都会と田舎の距離」と「二人の距離」を重ねながら物語が構成されている点にあります。第1巻ではおもに隼人の目線からストーリーが展開しますが、「月野瀬」から都会に引っ越してきたばかりで、「転校したての隼人にはまだまだ慣れないことも多い。月野瀬の田舎と違って登校中にトラクターとすれ違うこともなければ、校庭に鹿や猪がやってくることもない。教室だって満席だ[雲雀湯1巻:76ページ]や「初夏の雨が通学路のアスファルトを叩く。(中略)妹の姿を見送った隼人は、田舎と違ってぬかるみや水たまりのない舗装された道路に感心しながら校門をくぐる[同:110ページ]といった対比的な描写が見られます。こうした描写は再会した二人の距離感のアナロジーとして作用していて、主人公とヒロインの関係性を、空間的・時間的・心理的距離が絡みあったものとして描いていると言えるでしょう(注1)

(注1)また、こうした対比的描写は、読者の田舎に対するノスタルジーを喚起するという効果ももたらしています。なお、物語が進むにつれて、隼人と春希の距離が縮まり、隼人が都会での生活に慣れてゆくことで、隼人目線の対比的描写は減少します。

 

 第2巻からは、二人をめぐる関係性は広がりと深まりを見せるようになります。隼人と春希はそれぞれ、海堂一輝と三岳みなもという同級生の友人をつくり、新たな人間関係へと一歩踏み出します。それと同時に、友人とは違った特別なものとして二人の関係を認識してゆきます。春希は「ボクはね、隼人の本当の特別になれるよう、もっと強く変わりたい」と隼人に告げ[雲雀湯2巻:294ページ]、隼人もまた「自分の中で春希への認識が変わってしまうのを、明確に自覚する」ようになります[同:305ページ]

 第3巻では、「月野瀬」に暮らす後輩・村尾沙紀が本格的に登場して、「都会と田舎の距離」に新たな展開が加わります。これまで隼人目線でなされてきた都会と田舎の対比的な描写は、隼人目線の都会と沙紀目線の田舎との対比へと変化します。さらに第4巻では、隼人・春希・姫子が「月野瀬」に帰省して四人が交流することで、登場人物たちの空間的・時間的・心理的距離が一気に縮まります。とくに4巻後半の沙紀の活躍は、物語を大きく盛り上げています。

 

2.二つの系譜:「ひと夏の物語」と「家族問題」

 ここまで本作の設定と第1~4巻のあらすじを確認してきました。作者いわく、「この4巻までが第1部」のとのことです[雲雀湯4巻:309ページ]。おもな時間軸は、隼人と春希が再開する6月から始まり、隼人・春希・姫子・沙紀が交流する8月までの3ヶ月間となっています。ここに、第1巻のプロローグ(7年前の夏の終わり)と、第4巻のエピローグ(現在の夏の終わり)が加わります。つまり、本作の第1部は、青年たちの「ひと夏の物語」となっていることが分かります。

 考えてみれば、「ひと夏の物語」の系譜は、現代日本ライトノベルの定番です。代表的なところでは、秋山瑞人イリヤの空、UFOの夏』(全4巻、電撃文庫、2001~03年)、築地俊彦『ときむすび』(ファミ通文庫、2006年)があります。最近では、赤木大空『二度目の夏、二度と会えない君』(ガガガ文庫、2017年)、八目迷『夏へのトンネル、さよならの出口』(ガガガ文庫、2019年)などがあり、ノスタルジックな「青春もの」の作品が並んでいます(注2)

(注2)「夏に主人公が訪れた先で出会いがある」という作品や「夏に男女が仲を深める」という作品は、日本の文学・映画・ドラマなどで数限りなく存在しています。現代日本ライトノベルと密接な関係にあるアニメやゲームでも多数存在し、ゲーム『AIR』(Key/ビジュアルアーツ、2000年)、ゲーム『ひぐらしのなく頃に』(07th Expansion、2002~06年)、アニメ『おねがい☆ティーチャー』(黒田洋介脚本、童夢、2002年放送)、アニメ『サマーウォーズ』(細田守監督、マッドハウス、2009年公開)が有名でしょう。本作のなかでも、ゲーム『ヨスガノソラ』(Sphere/CUFFS、2008年)をオマージュしたと思われる18禁ゲーム『エニシノソラ』が登場しています[雲雀湯4巻:22ページ]。

 

 また、本作は「家族問題」の系譜に属する作品でもあります。本作の登場人物は、それぞれに家族に関する問題を抱えています。主人公の隼人と妹の姫子は病気の母親との向き合い方に悩んでいますし、友人である海堂一輝は姉、同じく三岳みなもは祖父との関係にそれぞれ問題を抱えています。

 とりわけ、ヒロインである春希の「家族問題」は深刻です。第1巻では親不在の一軒家で寂しい一人暮らしをしていることが明らかになりましたが、その後、「月野瀬」出身の女優・田倉真央の望まぬ私生児であったこと、祖父母からネグレクトを受けてきたこと、その祖父母もバブル時代の開発に失敗して姿を消したことが明らかになります[雲雀湯2巻10話;4巻3話;4巻1話]。第5巻以降の展開では、こうした背景を持った春希の「心の闇」を解決してゆくことが物語のひとつの焦点となるでしょう。

 

3.土の香りに抱かれて生きる:沙紀と隼人の健全性

 続いて、「都会と田舎の距離」という本作のモティーフについて考察を進めましょう。先ほど述べたように、本作のなかで「都会」とは「家族問題」が存在する場所です。一方、おもな登場人物のなかで「家族問題」を抱えていない人がいます。それは、「田舎」側の登場人物である沙紀のことです。彼女には恋の悩みや進路の悩みはあっても、家族に関する問題を抱えていません。「沙紀ちゃんは皆に愛されて育ったから……だから、本当に誰かを愛することができる子なんだ……」と春希は言っています[雲雀湯4巻:288ページ]。

 こうした沙紀の健全性は「田舎」に由来していることは明らかでしょう。それは、沙紀が「皆に愛されて育った」、つまりコミュニティの支えがあったことが指摘できます。加えて、村の神社の娘として宗教的な心の支えがあったことも重要かもしれません。言うまでもなく、村の神社を支えているのは地域コミュニティの存在です。

 「田舎」がもたらす健全性は、主人公である隼人にも備わっています。彼は学生の身でありながら家事と畑仕事が得意で、高い生活能力を備えています。本作では、隼人が料理・買い物をするシーン、一緒に食事をするシーン、園芸部で野菜の世話をするシーンについて、重点的に描写がなされています。加えて、農作業で鍛えられたため身体能力も高いとされています[雲雀湯1巻:77ページ]

 戦前の農民歌(満友万太郎詞、1923年)に「農に生まれて農に生き 土に親しみ土に死す 土の香りに抱かれつ 汗と膏に生くるなる……」とありますが、こうした近代日本の農本主義的な感性の延長線上に本作の主人公が存在していると評しても、あながち間違いではないでしょう。

 

 ところで、この「土の香り」は、私が第1巻を読んでから一貫して本作に感じた印象でした。「土の香り」は作中であまり明示されてはいませんが、畑仕事のシーンや「月野瀬」のシーンはつねに〈太陽と土が存在している〉という感覚に裏づけられた描写だと思えてならないのです。以下に、作中で「匂い」について触れている場面を引用しましょう。

 その日の空は、朝からどんよりと曇っていた。隼人は通学路を歩きながら、スンスンと鼻を鳴らす。

(匂いは薄いけど、降るかもだなぁ、これは)

 隼人はやってしまったとばかりに眉を寄せる。今朝家を出る前に空を見て、降らないかなと思ったが、確かに雨の予兆を嗅ぎ取ってしまった。どうやらこちらは随分と雨の匂いが薄いらしい。そんなところでも、田舎と都会の違いを感じてしまう。[雲雀湯2巻:176ページ]

 どこまでも突き抜けて行けそうな空、その蒼さを彩り漂うまっさらな雲。四方をまるで額縁のように山に囲まれ、そんな天を拝める片田舎。

 都心部へは徒歩30分のバス停からバスに揺られて小一時間、そこから電車で2時間弱、更に新幹線と、移動だけで半日以上はかかる人里から隔絶された辺鄙なところ、そこが月野瀬である。(注3)

 周囲を見渡せば、わずかな平地は田んぼで埋め尽くされ、どこからか野焼きの煙が立ち上り、あちらこちらからは土と肥料の香りが漂ってくる[雲雀湯3巻:319ページ]

 本作が描くように、「雨の匂い」や「土の香り」は「田舎」ではとくに濃厚に感じられ、逆に「都会」では感じにくいものです。この間の新型コロナウイルスの流行でマスク生活を強いられていると、なおさら匂いや香りに距離のある日常生活を送らざるをえません。そんな時に本作を読むと、ノスタルジックな「青春もの」のなかに濃厚な「土の香り」を感じたのです。つまり、『転校先の清楚可憐な美少女が……』とは、「土の香り」に抱かれて生きる人たちが登場する作品と言えるのではないでしょうか。

 

おわりに

 ここまで雲雀湯『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件』について、物語の構成、系譜、モティーフを取り上げて論じてきました。簡単にまとめますと、本作の物語上の構造は、「都会と田舎の距離」というモティーフに「ひと夏の物語」と「家族問題」をかけあわせたものであると言えるでしょう。この「都会と田舎の距離」は、ストーリー展開の基軸であるばかりでなく、登場人物の背景(一方に家族問題、もう一方に健全性)をなしています。「土の香り」とは、そうした本作のモティーフを感じ取ることができる、ひとつのキーワードだと私は感じました。

 ところで、この記事には続きがあります。1万字を超えそうだったので、「その一」と「その二」に分割しました。「その二:現実とフィクションのはざまの村々」では、本作が描く「田舎」について掘り下げてみたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

 

【参考文献】

・雲雀湯『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子だと思って一緒に遊んだ幼馴染だった件』(角川スニーカー文庫22526、2021年3月発売)

・雲雀湯『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子だと思って一緒に遊んだ幼馴染だった件2』(角川スニーカー文庫22724、2021年7月発売)

・雲雀湯『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子だと思って一緒に遊んだ幼馴染だった件3』(角川スニーカー文庫22890、2021年11月発売)

・雲雀湯『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子だと思って一緒に遊んだ幼馴染だった件4』(角川スニーカー文庫23130、2022年4月発売)

 

(2022年6月7日 一部修正)