現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

アンソロジーの味わい ー 井上堅二ほか『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』

 皆さん、こんにちは。このブログは、ライトノベルを手広く扱うことを目指しているわけですが、私自身の限界からあらゆる作家やジャンルを紹介することは到底不可能なことです。こういう時に心強いのが、人気作家を中心にして多彩な短編作品を並べているのが「アンソロジー」と呼ばれるジャンルです。

 このほど、アンソロジーの新刊『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』(ファミ通文庫1629、2017年10月発売)が刊行されました。参加した作家は、井上堅二を筆頭に、庵田定夏田口仙年堂築地俊彦野村美月森橋ビンゴら総勢20名。イラストレーターも表紙の竹岡美穂ほか計7名が参加した豪華版です。今回は少し毛色の変わったこの新刊を紹介しながら、ライトノベルの新しい動向についても語ってみようと思います。どうぞお付き合い下さい。

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特集『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』|FBonline

『僕とキミの15センチ』紹介

(a) 注目ポイント1:アンソロジーの味わい

  ここまで『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』の刊行経緯や販売戦略について見てきましたが、この本の最大の特徴は、何といってもアンソロジーであるという点に尽きます。複数の作家の短編小説を集めたアンソロジーは、さまざまな作品を楽しめるというところに最大の味わいがあります。

 実は、ライトノベルではアンソロジーは一般的ではありません。それは、ライトノベルに短編の作品が特殊であることに起因していると思われますが、こうしたなかで敢えて複数の作家の短編小説を集めるということは、何らかの意味づけをもって企画されたということに異なりません。それがどのような性格を持っているのかを考察することもまた、アンソロジーの味わいではないでしょうか。以下に、紹介してゆきます。

 

(b) 注目ポイント2:Web展開の新しい試み

 まずは、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』の簡単な紹介をしておきましょう。元はファミ通文庫19周年企画として、KADOKAWA(旧・角川書店)が運営する小説サイト「カクヨム」において行われた「ファミ通文庫×カクヨム「僕とキミの15センチ」短編小説コンテスト」でした。

 告知によれば、「15センチ」と「男女」の2つのお題が入っていれば、どんな物語でもOKということで、1万~1.5万字のショートストーリーを募集しています。募集期間は5月31日(水)~7月10日(月)。526作品が応募され、中間選考で100作品、そして最終選考で、くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」が対象を受賞しましたカクヨム

 

 このコンテストに合わせてファミ通文庫人気作家による短編小説16作も掲載されました。最初に、5月19日(金)に三田千恵・久遠侑綾里けいしの3作がアップロードされ、続いて6月2日(金)に水城水城・更伊俊介佐々原史緒の3作、6月16日(金)に竹岡葉月・岡本タクヤ石川博品の3作、6月30日(金)に庵田定夏・羽根川牧人・九曜の3作と2週間おきに計12作が載りました。その後、8月25日(金)に御影瑛路、10月25~27日(水~金)にかけて伊東京一田口仙年堂築地俊彦の作品が相次いで載りました。これらの作品は現在でもカクヨムで読むことができますカクヨム

 今回刊行された文庫『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』は、短編小説コンテストの対象受賞作1作(くさなぎそうし)+ウェブ掲載の16作、さらに書き下ろし3作(森橋ビンゴ井上堅二野村美月)が加わっています。一番の大物は後にとっておいたということでしょうか。いずれにせよ、ライトノベルのWeb展開の新しい試みとして、今回の企画は注目することができると思います。

 

(c) 注目ポイント3:多彩なラインナップ

 さて、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』のラインナップは以下の通り。

綾里けいし「In the Room」

庵田定夏「十五センチ一本勝負」

石川博品「七月のちいいさなさよなら」

伊東京一「ジャンパーズ・ダイアリー」

岡本タクヤ「地面から十五センチだけ浮いた程度の物語」

くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」

久遠侑「変わりゆく景色と変わらない約束」

九曜「Xp; 15cm」

佐々原史緒「甘やかなトロフィー」

更伊俊介十五夜さんか十五センチほどズレている」

三田千恵「たった一人のお客さん」

田口仙年堂「ポケットの中の女神」

竹岡葉月「金曜日は恵比寿屋に行く」

羽根川牧人「アイスキャンディーと、時を重ねる箱」

御影瑛路「無事女子にフラれる、夏」

水城水城「思春期ギャルと「小さい」オジサン」

築地俊彦「隣の〇〇〇さん」

森橋ビンゴ「彼女は絵本を書きはじめる」

井上堅二「僕とキミらと15センチにまつわる話」

野村美月“文学少女”後日譚 つれない編集者〈ミューズ〉に捧げるスペシャリテ

イラストレーター:竹岡美穂(表紙・カラーも)、NOCO、kona、ミユキルリア閏月戈、フルーツパンチ、葉賀ユイ

改めて並べてみますと、作家20名、イラストレーター7名は壮観です。各話平均20ページ、原稿用紙にして35枚ほど。これまでもファミ通文庫の企画で登場してきた有名作家が中心ですが、『近すぎる彼らの、十七歳の遠い関係』の久遠侑、『佐伯さんと、一つ屋根の下』の九曜、『リンドウにさよならを』の三田千恵といったさらなるヒットが期待される新人作家も名前を連ねています

 驚いたのは、伊東京一が久々に登場したこと(たぶん10年ぶり?)と、羽根川牧人や御影瑛路といった、これまで富士見ファンタジア文庫電撃文庫から本を出してきた作家も参加していることです。(ちなみに、羽根川牧人のデビューは、『ショートストーリーズ 3分間のボーイ・ミーツ・ガール』(ファミ通文庫、2011年7月発売)に収録の「トキとロボット」だと、今回調べて初めて知りました。)その他には、竹岡葉月竹岡美穂姉妹がそろい踏みというのも面白いですね。

 

(d) 注目ポイント4:ファミ通文庫ネクス

 『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』は、ファミ通文庫19周年企画ですが、それは「カクヨム」との連携だけではありません。ファミ通文庫ネクスト」という新たなシリーズの一貫でもあります。同サイトによると、

最近、泣いたり、笑ったりしましたか?

明日起こるかもしれない、あなたの「if」の物語

20周年を目前に、ファミ通文庫ならではのストーリーを発表していきます。ぜひみなさんも物語の世界に没頭してみてください。[FBonline]

というのが、謳い文句ということのようです。その第一弾が「カクヨム」との連携企画だったわけですが、第二弾が新シリーズ「ファミ通文庫ネクスト」というわけです。

 

 「ファミ通文庫ネクスト」シリーズは、2017年7月発売の手島史詞『僕の珈琲店には小さな魔法使いが居候している』と瑞智士記『二周目の僕は君と恋をする』を皮切りに、現在まで毎月1~2冊ペースで刊行されています。これまでファミ通文庫は、背表紙のFBの文字を、オリジナル作品=赤塗り+青の縁取り、ゲームやTRPGのノベライズ=緑塗り+青の縁取りとしてきましたが、ファミ通文庫ネクスト」は白塗り+青の縁取りとして区別しています。そして、現在までのラインナップから判ることは、いずれもライト文芸」や「キャラクター文芸」と近年呼ばれているようなジャンルを意識していることは間違いありません。

  ただし、それは「ファミ通文庫ネクスト」が「ライト文芸」のブランドであることをそのまま意味するわけではないと私は思います。メディアワークス文庫富士見L文庫のように既存のライトノベル出版社が新レーベルを立ち上げたのに対して、あくまで「ファミ通文庫ネクスト」は既存レーベル内の新ブランドという扱いです。ライトノベルの読者層が高齢化している現状を踏まえた販売戦略かと思われます。

 

 謳い文句にある「ファミ通文庫ならではのストーリー」とは、どういうことでしょうか。ファンタジーやラブコメが得意な富士見ファンタジア文庫、やや文芸・SF寄りのスニーカー文庫、萌えに強いMF文庫J、ギャグ・コメディ重視のGA文庫、特殊な作品を連発するガガガ文庫など、おおよその傾向を考えたとき、ファミ通文庫は「青春もの」が強いというところを想起します。

 こうした事情を踏まえて、これまでの「ファミ通文庫ネクスト」の刊行ラインナップを眺めていて感じるのは、王道な「青春もの」に軸を据えて、思春期でなく青年期に焦点を当てた作品が目立つように感じます。イラストを見ても、典型的なライトノベルがアニメ的な明るい原色を多用するものなのに対して、「ファミ通文庫ネクスト」ではパステルカラーや青系・黒系の寒色が目立つ印象です。

 

『僕とキミの15センチ』短評

 それでは、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』の中身の方は、どうでしょうか。以下、各作品について短評を記しておきます。本格的な評論となっていない点はご勘弁ください。

 

綾里けいし「In the Room」

 トップバッターとして、頭をぶっ叩いてくれます。テイストは、サスペンス+ホラー。いかにも綾里けいしです。情報量も多くて一文一文が頭に焼き付きます。好みは分かれるかもしれませんが、完成度の高い作品です。

庵田定夏「十五センチ一本勝負」

 幼馴染の男女の距離をめぐる、直球どストレートな青春物語。読んでいるこちらが気恥ずかしくなるほど。シチュエーションはありがちなのに、ぐいぐい読ませます。

石川博品「七月のちいさなさよなら」

 登場人物が可愛らしいSF(すこし・ふしぎ)作品。読後感はもっとも爽やかでした。ちいさな出会いと、ちいさな別れの話で、主人公と雫たちの時間の違いがポイント。雫たちが高校を卒業したあとは、遠い世界に働きに出るとのこと。働きに出るときが、切ない別れの時なのです。イラストのコダマサマかわいい。

伊東京一「ジャンパーズ・ダイアリー」

 ミステリ風味で、花の名前が鍵となっているところにアイデアが光る作品。ただし、織江さんと君島くんの距離が詰まるテンポが速い気もします。文庫1冊分の長さで読んでみたかったかも。

岡本タクヤ「地面から十五センチだけ浮いた程度の物語」

 たった20ページにもかかわらず、主人公を取り巻く4人の登場人物が強烈なこと! ヒロインの出雲さんのヤバい感じが、実に尖っています。また、「ほぐし水」の使い方が衝撃的。

くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」

 「僕とキミの15センチ」短編小説コンテストの大賞受賞作。主人公の彩華の危うさが、とにかくゾクゾクします。強いインパクトを読者に与えること間違いありません。この作品もまた、文庫1冊分の長さで読んでみたかったという印象を受けました。

久遠侑「変わりゆく景色と変わらない約束」

 思春期の感情と情景をめぐる丁寧な描写が光る王道の短編作品。久遠侑のうまさが、短編でもいかんなく発揮されています。別れの寂しさ、会えない切なさ、そして再び会えた喜びが見事なバランスで配置されています。

九曜「Xp;15cm」

 筆者も言うように、確かに「15cm」と聞いて私も文庫本のサイズを思い浮かべました。図書館のうんちくが詰まった、味わいある作品。

佐々原史緒「甘やかなトロフィー」

 スポーツをテーマに据えた珍しい作品です。ライトノベルではスポーツものはとても数が少ないのですが、ケーキを介することで違和感なく読むことができます。走り幅跳び選手の喜びと苦しみが正面からクローズアップされた、素敵な作品です。

更伊俊介十五夜さんか十五センチほどズレている」

 十五夜さんは、この本のなかで一、二を争う強烈なヒロインでしょう。『犬とハサミは使いよう』的な、ボケとツッコミの光る作品。15cmがもはやほとんど意味をなしていなくて、やりたい放題です。

三田千恵「たった一人のお客さん」

 ヒロインが一番可愛かったのが、この作品。こんな可愛い彼女を振り回すなんて、なんて主人公の直はけしからん奴なのだ。間違いながらも、最後には結ばれる。甘酸っぱくて美しい青春ストーリーです。こちらも文庫本1冊分で読んでみたかったお話です。

田口仙年堂「ポケットの中の女神」

 男女のモノローグが台詞になっていて、それだけで話が進んでゆくアイデアと技量が詰まった作品。ストーリー運びも起承転結がしっかりしていて、安定感があります。ただし、展開の意外性やキャラクターの個性がはっきりせず、他の作品に埋没してしまった印象も受けました。

竹岡葉月「金曜日は恵比寿屋に行く」

 秘密の場所という設定のわくわく感、ストーリー展開の意外性、キャラクターの個性ががっちり結びついた素晴らしい作品。他の多くの作品が、「15cm」という題材を短い、小さいものとして扱うなかで、この作品は15cmを大きな存在として描いています。

羽根川牧人「アイスキャンディーと、時を重ねる箱」

 「15cm」という題材を5寸の重箱(4段重ね)でとして扱ったアイデアには唸らされました。ただし、タイムトラベルものとしては平板な印象。もう一捻り欲しかったかも。

御影瑛路「無事女子にフラれる、夏」

 ライトノベルで、ここまで主人公(そしてその向こう側にいる読者)に気持ち悪さをストレートに打ち出すとは恐れ入りました。別のブログで指摘されていますが、15cm=Cカップはとてもキモい。この特殊なリアルさには、批評性さえ感じます。けれども、頑張れキモオタ。その気持ち悪さと勘違いこそが青春だ。

水城水城「思春期ギャルと「小さい」オジサン」

 思春期のギャルが父親との関係を修復するまでのハートウォーミングな作品。近年のライトノベルにしばしば現れる家族もののなかでも、「父親」がきちんと登場する点で珍しく、大変意義深い作品だと感じました。

築地俊彦「隣の〇〇〇さん」

 キャラクターの強烈さでは、十五夜さんと並んで一、二を争います。15cmが壁の厚さというのも、あっと言わせます。築地俊彦は、『まぶらほ』の『月刊ドラゴンマガジン』連載で鍛えられた短編の名手です。エキセントリックな香澄に、削岩機を振るう少女は、『まぶらほ』短編を思い起こさせます。

森橋ビンゴ「彼女は絵本を書きはじめる」

 登場人物は作家の妻と翻訳者の夫で、名前は伏せられていますが『東雲侑子』シリーズの後日談です。時系列的には、『この恋と、その未来。』の後かと思われます。15cmとは新しい生命の尊さのこと。ライトノベルらしからぬ、大人な物語です。

井上堅二「僕とキミらと15センチにまつわる話」

 こちらも登場人物の名前は伏せられていますが、『バカとテストと召喚獣』の後日談です。こういう特別篇を読むことができるのが、アンソロジーの楽しみでもあります。

野村美月“文学少女”後日譚 つれない編集者〈ミューズ〉に捧げるスペシャリテ

 こちらは明確に『“文学少女”』シリーズの後日談。作家になった心葉と編集者になった遠子がお互いの距離をもう一歩縮めようとする、甘く温かいお話です。このお話目当てに購入した方も多いと聞きます。この間、商業媒体で新作を発表していない野村美月が、久々に発表した作品ということでも注目されます。(ヒストリカル・ファンタジーへの挑戦の補足も参照のこと。)台湾で同シリーズの愛蔵版が出たことに伴って書き下ろした特別篇とのことです[執筆作家一言コメント:p.421]

総評

 以上、『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』に収録された全20作品を簡単に紹介しました。私のなかで特にポイントの高かった作品は、石川博品「七月のちいさなさよなら」、佐々原史緒「甘やかなトロフィー」、竹岡葉月「金曜日は恵比寿屋に行く」、御影瑛路「無事女子にフラれる、夏」、築地俊彦「隣の〇〇〇さん」の5作です。

 いずれの作品も、核となるアイデア、世界設定、ストーリー展開、キャラクターの個性が噛み合っているのは勿論ですが、これらの要素が短い尺のなかでこそ輝いているところに特徴があります。逆に言えば、これより長い尺を用意した場合、このバランスは崩れてしまうのではないでしょうか。

 一方で、文庫本1冊分(約300ページ)くらいの長さで改めて読んでみたいと思った作品もあります伊東京一「ジャンパーズ・ダイアリー」、くさなぎそうし「華道ガールと書道ボーイのミックス展覧会」、三田千恵「たった一人のお客さん」がこれに当たります。これらの作品は、要素は出揃っていて良いお話なのですが、それを生かす尺が足りず心残りでした。とはいえ、今回の作品を元にした長編が発表されることもあるかもしれません。ファミ通文庫の新しい展開を予期させる企画が世に問われたことを、心から歓迎したいと思います。

 

【参考文献】

井上堅二ほか『ショートストーリーズ 僕とキミの15センチ』(ファミ通文庫1629、2017年10月発売)

僕とキミの15センチ(ファミ通文庫) - カクヨム(2017年11月28日閲覧)

『19周年記念企画ファミ通文庫ネクスト!』 - FBonline(2017年11月28日閲覧)