物語のなかのフィクション ― 枯野瑛『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』
どうも、こんにちは。おかげさまで、3000PVを達成しました!お付き合い下さった皆さまのおかげです。さて、今回はもう少し新しい作品――特に読み応えのあるファンタジー作品を紹介してみたいと思います。
この間、(転生ものではなく)純粋に異世界を舞台とした作品としては、2017年4月にアニメ化された、虎走かける『ゼロから始める魔法の書』既刊10巻(電撃文庫、2014年2月~)がありますし、第18回ファンタジア長編小説大賞(2006年)受賞以来、ファンタジー作品で活躍し続けている細音啓が『世界の終わりの世界録〈アンコール〉』(MF文庫J、2014年7月~2017年5月)を先ほど全10巻で完結させています。
こうした良質なファンタジー作品のなかでも、枯野瑛『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』(全6巻、角川スニーカー文庫、2014年11月~2017年2月)は、キャラクター、ストーリー展開、テーマのいずれをとっても読み応えがある良作です。本作は2017年4月にアニメ化されて注目されましたが、作者本人がシリーズ構成と脚本の一部を務めるなど、アニメとしても非常によい出来栄えだったと思います。
第1巻の表紙からして印象的です。ヒロインが苦しさの混ざる表情で涙を流しながら、その体に不釣り合いなほどの大きな武器を持って、決然とこちらを向いて立つ姿を見て、どうして心が動かされずにいられるでしょうか――。すでに知名度もある作品ですけれども、本作の構成の特徴と刊行の経緯、そしてアニメからはどうしても見えにくくなってしまう本作のもう一つの側面について、今回は語ってゆきたいと思います。
―目次―
△ スニーカー文庫公式サイト - 『終末なにしてますか?』シリーズ
1.終わりかけの世界がおりなす温かな日常
最初に本作の基本的な設定を見ておきます。――人間族〈エムネトワイト〉が十七種の獣によって地上世界ごと滅ぼされて500年、文明を持つ生き物たちは地上を追われ、魔法の力によって空に浮かぶ浮遊大陸群〈レグル・エレ〉にしがみつくように暮らしています。主人公のヴィレム・クメシュは、ある偶然から500年もの眠りから覚めた人間族の最後の生き残りで、生活のために辺境の島に赴任することに。そこは、十七種の獣から浮遊島群を守るために戦う妖精たちが暮らす施設でした。そこで出会った妖精たち、なかでも空色の髪と海色の瞳の妖精クトリと、主人公ヴィレムは静かに仲を深めてゆくきます。
ストーリー展開の方ですが、序盤では、主人公とヒロインが仲を深める過程は、町での出会い、施設での交流、戦い方の教授、戦地からの帰還……とストーリーは淡々と進んでゆきます。主人公のヴィレムは準勇者〈クァシ・ブレイブ〉と呼ばれた元戦士で、今は戦うことが出来ない代わりにクトリたちに戦い方を託そうとします。戦場と日常、過去と現在とのあいだに絶望的なまでの距離があるなか、主人公の青年はすべてを受け入れているようにも見えます。
中盤からは、主人公もまた戦場へと足を踏み入れることになり、さらにクトリの謎の病気の原因が500年前の過去と関係があることが明らかになってゆくなど、戦場と日常、過去と現在とが徐々に入り交じってゆきます。
このように世界設定とストーリー展開を整理しますと、『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』は、戦場と日常、過去と現在、過去の滅びた世界の謎と現在のクトリの病気の謎といった対立する二元的な構造が複雑に入り交じってゆくという物語の構成をとっていることが分かります。ここに作者による繊細な筆致で悲劇の味付けがなされ、次の展開の読めなさから、読者はこの作品にはらはらしながら惹きこまれることになるのです。
『すかすか』という作品は、「セカイ系」の作品だとしばしば考えられているようです。世界の命運と主人公とヒロインのあいだの恋愛が直接に結び付いている」という、セカイ系の一般的(あるいは通俗的)な定義に、当てはまるようにも見えます。また、作者自身も「セカイ系」であるかは留保しつつも、「当然意識して書いています」と述べています[インタビュー:70ページ]。
ただし、作者は別のところで、タイトルにある「終末」とは「世界の終わり」のことでなく、登場人物たちの「個人的な終末」のことであると明言しています[そこあに増刊号:vol.31]。後で述べるように、『すかすか』は最初は2004年頃に考えられた物語で、その頃は「セカイ系」が大いに流行していました。しかし、本作をていねいに読むと、世界の運命と主人公たちの動きは関連していながらも、主人公たちは世界の運命を動かすことができない展開となっています。つまり、『すかすか』という物語は、当時の「セカイ系」の影響を乗りこえてゆくことで現在の形になったと推測できます。
これとは逆に、『すかすか』をファンタジー作品として受け止めるなら、世界の運命と主人公たちの動きが関連している展開はまったく違和感はないでしょう。本作では、ドラゴンや亜人を無前提に登場させるのではなく、そうした世界を過去の滅びた世界のものとし、現在の世界を生き延びた獣人たちが文明を共有して何とか生きているものとして描いています。ここにも過去と現在の二元的な構造がおり込まれていて、この作品の世界設定がファンタジー作品として特徴あるものに仕上がっています。
2.ヒットに至る苦難の道のり
『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』がヒットに至るまでは、実に険しい道のりを経なければなりませんでした。第2巻「あとがき」では、「実は1巻の売れ行きがちょっと寂しいものであったようなので、そもそも3巻がお送りできるのかについて現在時点ではお約束できません」とあります[枯野あとがき:2巻285ページ]。実際には第2巻打ち切りが決まっていた模様です[インタビュー:68ページ] 。
第1巻時点であまり話題にならなかったのは、ある意味で仕方がなかったのかもしれません。先ほど整理したように、『すかすか』の構成が複雑であるため、読者によっては難しくてよく分からないといった感想を抱かれかねないからです。加えて言えば、世界設定とストーリー展開がしっかりしている本作では、キャラクターはその枠内に強く規定されてしまいます。主人公=「おとーさん」と呼ばれる青年の葛藤など、なかなかに渋すぎます。要するに、キャラクターを強く押し出さなかったということです。
けれども、第2巻が刊行されることで、世界設定とストーリー展開がだんだんと見えてくるようになり、キャラクターの位置取りがはっきりすることによって、状況は一変します。第2巻刊行(2015年12月末)の直後のタイミングで行われた、2014年下半期ライトノベルツイッター杯で新規部門第3位を獲得し、その話題が電子書籍の売り上げに繋がりました(Amazon電子書籍売り上げランキング第1位)。これによって第3巻の刊行が急遽決定され、シリーズ続刊となります[同上:68-69ページ]。
その後、ライトノベルツイッター杯では2015年上半期・下半期と2期連続で第1位を獲得し、2017年4月からはアニメが放送。放送終了時の夏の時点で、シリーズ累計65万部、電子書籍ダウンロード数が10万以上となるなど不動の人気を誇り、スニーカー文庫の代表作となるに至りました。
こうしたヒットに至る展開から分かることは、ネットにおける口コミが重要な役割を果たしたということです。『このラノ』のアンケート結果を見ても、ライトな読者層よりもヘビーな読者層からの評価が高いことは明らかです。このような傾向自体が、現代日本のライトノベルが置かれている状況を反映しているものと思われます。
さて、作者の枯野瑛もまた大変苦労された方のようです。元は水城正太郎が主催するA-TEAMの出身で、18禁ゲームのノベライズがデビュー作(富士見ファンタジア文庫、2002年8月)。続いて『魔法遣いに大切なこと』のノベライズを務めてから、『てくてくとぼく。 旅立ちの歌』(同、2004年8月)で初のオリジナル作品を刊行しています。しかし、『銀月のソルトレージュ』全5巻(同、2006~08年)を除いてあまりヒットに恵まれていません。5年ほど作家活動をしていない時期もあります。作者自身の「あんまり新しくない作家」と自己紹介するのはこうした経緯のためです。
また、『セイクリッド・ブレイズ』(フライト・プラン、2009年)のメインシナリオとノベライズ(ファミ通文庫、2009年3月)や『サモンナイト5』(バンダイナムコ、2013年)のメインシナリオなど、ゲームの仕事もしています。
『すかすか』の刊行経緯も苦難に満ちていたようです。元の企画は「10年ぐらい遡ります」と言っており[同上:67ページ]、第5巻「あとがき」で「十二年前」で「この後波瀾万丈な経緯をたどることになる」と書いているので[枯野あとがき:5巻369ページ]、2004年頃であったと推定されます。「セカイ系」を意識していたのはその頃であった模様です[そこあに増刊号:vol.21]。ライトノベルの動向がこの10年ほどで大きく変化したことを改めて確認させられます。それが2013年くらいに別レーベルで刊行に向けて用意していていたものの流れてしまい、『echo ―夜、踊る羊たち―』(ファミ通文庫、2004年9月)の編集者に個人的に持ち込んだところ、スニーカー文庫から刊行されるに至ったといいます[インタビュー:67ページ]。各種インタビューにその編集者G氏(具志堅勲)もしばしば登場していることから、かなりの信頼関係にあることが窺えるでしょう。(今のラノベは売れる作品しか売れないの話だと、担当編集者が出世したことで本作が企画として動いたということだとか。)
3.フィクションの入れ子構造
(a) 創作物語〈フィクション〉という謎のキーワード
あまり注目されていませんが、『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』のなかで何度か出てくる特徴的な言葉があります。創作物語〈フィクション〉という言葉です。わざわざルビを振っていながら、世界設定のなかで位置づけられている形跡がありません。例えば、最初に出てくる箇所を見てみましょう。
「『この戦争が終わったら、俺、結婚するんだ』とか」
「……いや、それ、あんま縁起のいい言葉じゃねーぞ」
自分がまだ正規勇者〈リーガル・ブレイブ〉に憧れるだけの小さな少年だったころ、彼らが大活躍する創作物語〈フィクション〉を好んで読んでいたことがある。そのころの記憶によれば、いま“娘”が挙げたような言葉は、発言者が非業の死を遂げる前振りとして多用されているものだったはずだ。[枯野:1巻12ページ]
このように、作中で自己言及的に物語について語るシーンなのですが、こうした場面が繰り返し現れます(例えば、第1巻98・248ページ、第2巻25ページ、第5巻220-21ページ)。考えてみれば奇妙な話です。読者はこの作品がフィクションであることを知っていますが、そのなかにフィクションがあることをどのように受け止めたらよいのでしょうか。
改めて『すかすか』を読んでみて気付くのは、本、日記、記録晶石、古文書、報告書といった記録に関する物が次々に出てくることです。いずれも、戦場と日常、過去と現在、過去の滅びた世界の謎と現在のクトリの病気の謎といった対立する二元的な構造をつなぐ物であることが理解できるでしょう。
しかし、本作のなかで創作物語〈フィクション〉は、対立する二元的な構造をつなぐ物ではありませんし、フィクションはあくまでも創作であって記録に関する物でもありません。むしろ、フィクションのなかにフィクションがあるという二重の構造――つまり入れ子のようになっていること――が問題のなのです。
物語の入れ子構造として整理すると、これが中盤以降のストーリー展開と密接に結び付いていることが分かります。過去がヴィレムやクトリを徐々に浸食し、登場人物たちが過去に何があったのかを知ろうと動き回ります。さらに第4巻では、この物語の核心部分である過去を覗きこむパートです。ただし、登場人物の口から過去の種明かしがされるのではなく、ヴィレムたちが何者かによって作り出された「過去の世界」に迷いこむなかで追体験をするという形式をとります。ここにおいて、過去と現在は対立する二元的な構造から入れ子状の二重構造へと転換するのです。
そう考えると、『すかすか』において創作物語〈フィクション〉とは、物語の内部に向かっての(作者自身の)自己言及的な語りに留まらず、その後のストーリー展開へとつながる布石としての役割を持っていることが推察できます。傍証として、創作物語〈フィクション〉という言葉が、中盤から終盤にかけて姿を消し、第5巻で記憶を失ったヴィレムが語るシーンおよび、外伝で童話〈フェアリーテール〉として登場します[枯野:5巻220-21ページ、EX174ページ]。
(b) 入れ子状の物語の位置
物語のなかに登場人物の語りがあるという構造は、文学の形式としてはよくあるものです。よく知られた作品としては、夏目漱石『こゝろ』(1914年)が挙げられるでしょう。語り手「私」が先生について語る形式ですが、下(第3部)では先生の遺書を通じた先生の語りによって構成されています。それより約100年前の作品である、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(Frankenstein: or The Modern Prometheus, 1818)は、ロバート・ウォルトンによる姉への手紙という形式をとりながら、その中でヴィクター・フランケンシュタインの語り、さらにその中で怪物の自己語りが入るという三重構成となっています。
これに対して、『すかすか』の構成はもう少し複雑です。第4巻における入れ子状の過去と現在の物語は、主人公であるヴィレムという同一人物の目線から行われています。加えて第5巻では、この世界の成り立ちについての神話が第三者から語られています。しかし、入れ子状の構成になっていることを踏まえれば、それほど混乱なく読むことができると思います。
実は本作は、世界設定でも明確な二重構造が確認できます。浮遊大陸群〈レグル・エレ〉と第四倉庫という二つの閉鎖された空間です。前者は、この世界の基本的な設定であり、滅びてしまった地上世界に対して生き物たちに残された最後の楽園です。後者は、ヴィレムとクトリの日常が繰り広げられる舞台であり、黄金妖精〈レプラカーン〉たちが戦士としてでなく兵器として管理されている閉ざされた楽園です。両者の関係は、対立する二元的な構造ではなく入れ子状の二重構造です。
興味深いことに、この閉ざされた二つの空間を、作者は明確に「箱庭」と呼んでいます。『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』の最初のタイトル案は、『箱庭世界の天使と悪魔』であったといいます[インタビュー:68ページ]。私の理解では、「箱庭世界」という言葉遣いに世界設定としての箱庭=浮遊大陸群〈レグル・エレ〉と、舞台としての第四倉庫が二重映しになっていたのではなかと思います。天使と悪魔は対立する二元的な構造ですから、原タイトルにおいて二重構造と二元的構造がおり込まれていたのかもしれません。
蛇足ながら、枯野瑛の以前の作品でも物語の二重構造が確認できます。富士見ファンタジア文庫から刊行された『銀月のソルトレージュ』なのですが、騎士と剣と魔法の世界が実は物語の世界でなく、現在も社会の裏側で現在も繰り広げられる本当の「御伽噺の世界」であったという世界設定を組んでいます。ここに『すかすか』へと繋がる要素を読み取ることができるでしょう。
おわりに
ここまで述べてきた『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』の特徴的な構成(対立する二元的な構造から入れ子状の二重構造へと展開する構成)は、アニメではどうしても見えにくくなってしまう側面です。もちろん、冒頭で述べたように原作者がアニメのシリーズ構成と脚本の一部を担当しているので、作品の根幹部分はきちんと示されていますから、結局のところ仕方ない話なのかもしれませんけれども。
相変らず、色々と話をこねくり回して考えてみました。まったく当たらないと作者や編集者が「けけけ」と笑っているかもしれません。とはいえ、『すかすか』には謎や伏線を幾重にも仕込まれ、読者にはほとんど明かされないような謎も埋め込んでいるということです[そこあに増刊号:vol.24]。特に今回は、第2部である『終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか?』については語っていません。皆さんも、『すかもか』も含めてあれこれ考えを巡らせてみてはいかがでしょうか。今回もお付き合い、ありがとうございました。
【参考文献】
・枯野瑛『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』(角川スニーカー文庫18836、2014年11月発売)
・同『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか? #02』(角川スニーカー文庫18940、2015年1月発売)
・同『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか? #05』(角川スニーカー文庫19683、2016年4月発売)
・「枯野瑛インタビュー」(『このライトノベルがすごい! 2006』所収、宝島社、2015年12月)
・そこあに増刊号「終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?」特集 vol.21(2015年2月19日)
・そこあに増刊号「終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?」3巻発売記念特集 vol.24(2015年7月2日)
・そこあに増刊号「終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?」5巻発売記念特集 vol.31(2016年4月7日)
(2018年2月23日 新たな引用元に基づいて一部加筆)
(2020年4月22日 一部修正)
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