現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

白鳥士郎の苦悩と躍進と2010年代のライトノベル

 こんにちは。ここまで2回続けてきた白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』の第3弾をお送りしようと思います。第1弾「『りゅうおうのおしごと!』の押さえておきたいポイント」は、特に本作が師弟関係をテーマとしていることを指摘しました。第2弾「もう一つの師弟関係、あるいはオッサンの熱くてシブい戦い」では、本作の〈もう一つの師弟関係〉について触れ、第7巻が現代日本を舞台にして「老い衰えゆくこと」を描いた価値あるライトノベルであることを論じました。

 この間、特に第1弾がご好評いただき、1ヶ月強で1000PVを達成しています。ブログとしても、累計5000PVを達成することができました。小難しくて情報量過多のマイナーなブログですが、ぼちぼち頑張っていきます。さてさて第3弾となる今回は、作者・白鳥士郎にスポットライトを当てて、彼にとってのライトノベルの可能性を考えるとともに、2010年代のライトノベルの動向についても触れてみたいと思います。よろしくお付き合い下さい。

1.白鳥士郎のデビュー/拡大期から転換の予兆へ

 白鳥士郎は、2008年に『らじかるエレメンツ』(全3巻、GA文庫、2008年4月~09年1月、イラスト:カトウハルアキ)で、強烈なキャラがスポーツチャンバラで暴れまわる個性的な作風でもってデビューし、その後、帆船+男の娘+ファンタジーの『蒼海ガールズ』(全3巻、GA文庫、2009年8月~10年3月、イラスト:やすゆき)を刊行しています。ちなみに岐阜県多治見市の出身・在住の兼業作家とのことラノベニュースオンライン2012]

 意外なことなのですが、デビューにあたって、白鳥はGA文庫大賞などの小説賞を取っていません。まだ新人賞がなかったGA文庫編集部に原稿を直接送り、そこからのデビューとのことです。小説を書き始めた理由も、自宅で働ける副業が欲しいという理由からでダ・ヴィンチニュース2013]、それも大学院2年生くらいと比較的遅い出発でした[白鳥あとがき:3巻316ページ]

 

 白鳥がデビューしたGA文庫は、ライトノベルのレーベルとしては後発組に当たります。2000年代半ば~後半の時期は、日本のライトノベルの市場が拡大して次々とアニメ化される上昇期で、2006~08年にかけて新レーベルの創刊ブームが起こっていたのです。この時、GA文庫(2006年~)、ホビージャパンHJ文庫(2006年~)、竹書房のゼータ文庫(2006~07年)、小学館ガガガ文庫(2007年~)、一迅社文庫(2008~16年)が出てきました。

 白鳥士郎がデビューしたのは、このようにライトノベル業界が上昇する時期だったわけです。それゆえ、白鳥はGA文庫が創刊されてそれほど間もない頃にデビューを果たすことができたわけですが、それは競争が激しい時代でもありました。第1作目の『らじかるエレメンツ』の売り上げは悪く、金銭的にも困窮し、一時は作家を廃業しようとも考えたそうですダ・ヴィンチニュース2013]

 

 さて、2010年代に入ってライトノベル業界の状況も徐々に変化してゆきます。市場が供給過剰な飽和状態となり、従来のビジネスモデルからの転換の兆しが見えてきました。2018年現在から振り返ったとき、10年前の創刊ブームから生き残って元気があるのはGA文庫ガガガ文庫くらいなものでしょう。(ちなみに、この時に行き悩んだのが富士見書房だったように思います。2000年代末~10年代初頭の迷走の一端について、5年前に書いた「富士見書房と築地俊彦」で触れています。)

 白鳥士郎が本格的なヒットを飛ばしたのは、こうして転換点に差し掛かったタイミングでした。『のうりん』(全13巻?、GA文庫、2011年8月~16年10月、イラスト:切符)は、農業高校を舞台にしたハイテンション・ギャグが売りの作品です。この頃はポスト「日常系」の、学園を舞台にしたギャグ作品が多数つくられていた時期です(注)。この流れのなかで『のうりん』はヒットを飛ばし、2014年にはアニメ化を果たしました。

(注)代表的な作品として、井上堅二バカとテストと召喚獣』(全18巻、ファミ通文庫、2007~15年)、葵せきな生徒会の一存』シリーズ(全21巻、富士見ファンタジア文庫、2008~13年)、アサウラベン・トー』(全15巻、スーパーダッシュ文庫、2008~14年)、竹井10日東京皇帝☆北条恋歌』(全13巻、角川スニーカー文庫、2009~14年)、平坂読僕は友達が少ない』(全14巻、MF文庫J、2009~14年)

らじかるエレメンツ (GA文庫)

らじかるエレメンツ (GA文庫)

 
蒼海ガールズ! (GA文庫)

蒼海ガールズ! (GA文庫)

 

2.「才能のなさ」という苦しみ/転換期の到来

 『のうりん』というヒットは、実は綿密な取材によって裏付けられています。農業高校や行政・農家などでの取材を行い、図書館で雑誌『現代農業』などの文献を調査しました。それは、デビュー作や第2作目でやりたいことを書いてからっぽになってしまい、「こんなことをしていたら作家としての寿命はすぐに終わってしまう。ならば自分の中に新しいものを取り入れつつ生産するサイクルを生み出そう」と思ったことがきっかけだといいますITmediaビジネスオンライン2012]

 けれども、白鳥は必ずしも満足していたわけではなかったようです。『このライトノベルがすごい!』で1位を獲ったときのインタビューで、『のうりん』を念頭に置きつつ、「パロディと下ネタで笑わせるのって結局敗北なんですよ」と述べていますこのラノ2017:48ページ]パロディと下ネタに否定的な発言をしているのです。

 もちろん『りゅうおうのおしごと!』でも下ネタを完全に封印したわけではありません。第1部冒頭では「オシッコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!![白鳥:1巻10ページ]、第2部序盤でも「おち●ぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!![白鳥:6巻49ページ]と、その芸風は健在です。ただし、本作では下ネタの場面もストーリー展開のうえで重要な役割を果たしています。(この点は第2弾で論じておきましたのでご参照ください。)

 

 このインタビューで、白鳥は非常に興味深いことをいくつも語っています。例えば、「このラノ』とは縁がなかったんです」と語り、「自分に才能がないという自覚があった」という発言からはこのラノ2017:48・53ページ]売れっ子作家、才能のある作家でなかったことへの苦しみを感じさせます。

 特に、デビュー作『らじかるエレメンツ』の時にアサウラベン・トー(全15巻、スーパーダッシュ文庫、2008~14年)がヒットし、同じく2作目の『蒼海ガールズ』の時には平坂読僕は友達が少ない(全14巻、MF文庫J、2009~14年)がヒットし、向こうは評価されながら自分は評価されなかったという発言には[同上:52ページ]、何がしかの昏い情念さえ感じさせます。(「りゅうおうのおしごと!4発売記念 さがら総×平坂読×白鳥士郎 SPECIAL鼎談」、アキバBlog、2016年9月6日のように、白鳥がアサウラ平坂読に隔意を抱いているという話ではありません。念のため。)

 また、家族にもライトノベル作家であったことを隠していて、「私の中でもどこかラノベ作家であることを卑下していた部分があったのかな」と発言していますこのラノ2018:15ページ]。自分がライトノベル作家をやっていると家族に言えない心情は、「才能のなさ」という苦しみと、白鳥のなかで深く絡み合っていたように私には思えます。

 

 白鳥がこうした悩みに直面したのがいつ頃なのかは判然としません。もともとデビュー作は不振でしたし、プライベートでも『のうりん』3巻(2012年3月発売)が出た後に家族との折りあいが悪くなって実家を出ることになったといいますダ・ヴィンチニュース2013]。その後『りゅうおうのおしごと!』が企画されたのが2014年頃ですからこのラノ2017:48ページ]、『のうりん』が後半に入ったこの時期には、こうしたことを強く意識していたのでしょう。

 2010年代半ばには、ライトノベル業界の拡大が止まり、新しい作品づくりとビジネスモデルへの転換が到来したと誰もが意識するようになりました。売上げと購買層の二極分化、「小説家になろう」などネット発の小説の進出、アニメ化を軸としたメディアミックスの限界などなど。そして、『のうりん』のような、ポスト「日常系」の学園を舞台にしたギャグ作品のヒットもまた終わりが見えてきます。転換期に入ったライトノベルは、「何をどのように書いて、誰にどのように読んでもらうか」が根本から問われるようになったのです。白鳥士郎もまた、こうした問題に直面するなかで、自身の悩みに向き合っていた――そのように私は想像するのです。

のうりん (GA文庫)

のうりん (GA文庫)

 

3.プロとしての自覚/転換期のなかで

 『このラノ』のインタビューのなかで、「何をどのように書いて、誰にどのように読んでもらうか」という問題について、白鳥は自らの作品づくりに即して発言をしています。それは、綿密な現場取材や文献の調査(この点は『のうりん』で触れました)、イラストや図の指定へのこだわりや、プロの商業作家としての意識と技術という点です。3つ目の部分を引用してみましょう。

――本作ではプロとして生きる人を書いていますが、白鳥先生の考えるプロの条件とはどのようなものでしょうか。

白鳥 羽生善治先生は365日、24時間、プロであり続けることと仰っていましたが、私はプロは技術を持っていなければいけないと思います。面白いライトノベルを書くには技術が必要だと思っていて、自分に才能がないという自覚があったので、他の面白い作品や、プロットの立て方が上手い作品を徹底的に読み込んでいきました。(中略)それに、書籍としてお金を払ってもらうものを書くわけですから、他よりも優れている部分をアピールできる作品にしなければならないと意識しています。それができなければプロではないと思います。もちろん読者も含めて「良いもの」と感じてくれる作品を書けなければいけないですが。意識することと技術、この2つがないといけないかなと思いますね。このラノ2017:53ページ]

この発言からは、「何をどのように書いて、誰にどのように読んでもらうか」という問いに対するプロの商業作家としての自覚を垣間見ることができます。また、「技術の成果は売り上げとしてダイレクトに現れる」とも発言しています[同上:53ページ]

 

 こうしたプロとしての技術とそれを支える研究が光っているのが、第1弾でも触れた、『りゅうおうのおしごと!』におけるロリコン要素です。白鳥は自分は真正のロリコンではなく、「ビジネスロリコン[同前:49ページ]だと語ります。また、作者ツイッターでは「ロリはカレー粉のようなもの」という衝撃的な発言がありました。

白鳥士郎 @nankagun

りゅうおうのおしごと!』を書く上で、ロリラノベ四天王と呼ばれた『紅』『SHI-NO』『ロウきゅーぶ!』『円環少女』は非常に参考になりました。ミステリ、スポーツ、SF等ラノベとして難しい題材もロリを加える事で成立すると証明してくれたから。ロリはカレー粉のようなもの。だから将棋も書けた。

2018/3/11 17:37

https://twitter.com/nankagun/status/972753248577662977

ここでは、『りゅうおうのおしごと!』では、将棋というメインの題材に対して、ロリコン要素は「カレー粉」のようなスパイスであったと、明確に語っています。しかも、白鳥の語り口からは、ロリコンものについて深く分析や検討をしたことが窺えます

(なお、ここで取り上げられている作品のうち、片山憲太郎『紅』(全4巻、スーパーダッシュ文庫、2005~08年、ダッシュ・エックス文庫、2014年)、長谷敏司円環少女サークリットガール〉』(全13巻、角川スニーカー文庫、2005~11年)、上月雨音『SHI-NO -シノ-』(全10巻、富士見ミステリー文庫、2006~09年)は、いずれも白鳥がデビューする前の作品ですから、おそらく以前から読んでいた作品だったのでしょう。)

 

 2010年代のライトノベルの一つの動向は、ジャンル的にはファンタジー作品の復権、現代を舞台とした作品では青春ものの台頭が顕著です。もちろん、これらの作品は以前からありましたが、直前の2000年代後半~10年代前半がポスト「日常系」の学園ギャグが目立っていたことと比べたときに、こうした動向が浮かび上がります。代表的な作品として私が念頭に置いているのは、川原礫ソードアート・オンライン(既刊25巻、電撃文庫、2009年~)渡航『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』(既刊15巻、ガガガ文庫、2011年~)です。

 この二つの作品では、「バーチャルのなかのリアル」や「本物が欲しい」といったテーマが巻を重ねるなかで浮かび上がってきます。「リアル」や「本物」を志向した作品を読者が求めるようになるなかで、白鳥が新たに書こうとしたのが「熱い物語」でした。

 なぜ将棋を選んだのか?

 それについては『熱い物語が書きたかったから』という、それに尽きます。

 真剣に、人生を賭けて戦う若者達の姿を書きたいと思い、その思いに最も適した題材が将棋界でした。[白鳥あとがき:1巻297ページ]

りゅうおうのおしごと!』は、商業作家としての高いプロ意識を持った白鳥士郎が、書きたいものとして書いた作品でした。作者の書きたいことと読者の読みたいものが一致したのです。

りゅうおうのおしごと! (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! (GA文庫)

 

4.そして、『りゅうおうのおしごと!』のヒットへ

 『りゅうおうのおしごと!』は、GA文庫10周年プロジェクトの第6弾として2015年10月に第1巻を刊行し、『ヤングガンガン』でこげたおこげ作画によるマンガ連載も同時にスタートしました。この時に、プロ棋士観戦記者の方々も宣伝に協力してくれたといいます[白鳥あとがき:1巻299ページ]GA文庫も関西方面での売り上げを伸ばすための書店との勉強会では、関西を舞台とした作品ということもあり、『りゅうおうのおしごと!』は関西で特にプッシュされることとなりました。作者もツイッター等で積極的な宣伝を展開します[白鳥あとがき:8巻287ページ]

 作者にとっても、第1巻の執筆は祖父の死と重なる出来事でした。ライトノベルを書いていたこと、それを秘密にしていたことを怒った祖父は、『のうりん』の熱心なファンでもあったのです。詳しいことは第6巻の「あとがき」に詳しく書かれていますので、ぜひお読みください。そして、2017年にそれを振り返ったうえで、白鳥はライトノベルの可能性について述べます。

 『りゅうおうのおしごと!』は、私の全てを注ぎ込んだ作品です。自分の書きたいものを書こうという、誰に読まれても恥ずかしくない本を書こうという決意のもとに生まれた作品です。

 そんな本を書こうと思ったのは、祖父に認めて欲しかったからです。ライトノベルという、私が選んだものの可能性を知って欲しかったから。[白鳥あとがき:6巻342ページ]

 

 ただし、第1巻の時点では売り上げの「初速」は思わしくありませんでした。この時点で、第1部が終了となる第5巻で完結させることを白鳥は決断したといいます[白鳥あとがき:5巻338ページ]。それでも、5巻まで出すことができるほどに、『のうりん!』でヒットを飛ばした作者へのGA文庫編集部の信頼が窺えます。

 しかし、巻数を重ねるにつれて『りゅうおうのおしごと!』の評判は高まってゆきます。2016年7月に第28回将棋ペンクラブ大賞(2016年)の文芸部門優秀賞を受賞し、12月に発売された『このライトノベルがすごい! 2017』で第1位を獲得するなど、幅広い読者に評価されるようになります。

 

 第1部の最終巻である5巻の執筆中に、白鳥にまたしてもプライベートな不幸が襲います。母の死でした。ここで再び、ライトノベルの可能性を想起させることを白鳥は書いています。

 将棋の世界は、私に悲しみを乗り越える力を与えてくれました。

 願わくばこの物語が、同じように、読んでくれる方々の力になれたのであれば。悲しみや苦しみの中で、一歩でも前に踏み出す力になれたのであれば。どうしようもない孤独や絶望の中で、それでも「明日もまた生きていこう」と思ってもらえるのであれば。[白鳥あとがき:7巻330ページ]

もちろん、作者が苦しみや昏い思いをすべて克服したわけではないでしょう。白鳥がもっとも自分を反映した書いたという、清滝桂香というキャラクターは第7巻でも苦しむことになり、「けど嫉妬はする。そういうことだ。人間として間違っているのかもしれないけど、現役の勝負師としてそれが間違っているとは思わない。この暗い炎を飼い慣らせないようでは、上にはいけない」と語らせています[白鳥:7巻257ページ]

 白鳥士郎にとって大事なのは、苦悩を抱えながらもライトノベルを書き続けること。それが読者に何かを与えることができるのであれば、それこそが「ライトノベルの可能性」ではないか――そのように作者の考えを私は想像するのです。

GA文庫|10周年記念プロジェクト

第28回将棋ペンクラブ大賞 | 将棋ペンクラブログ

おわりに

 以上、白鳥士郎にスポットライトを当てて、複雑な苦悩を抱えた作者が、その苦しみを糧としてライトノベルのトップ舞台へと躍進したことを書きました。そして、そのなかから、白鳥士郎にとってのライトノベルの可能性について考えてきました。もちろん、筆者は作者へのインタビューをしたわけでもなく、作品や「あとがき」、インタビューを用いて私なりに再構成したものに他なりません。また、そのなかで2010年代のライトノベルの動向についても触れましたが、別の観点からのご批判もあるでしょう。色々な方からご意見をいただけると嬉しく思います。

 

 『りゅうおうのおしごと!』がヒットを遂げたことで、私たちはたくさんのキャラクターの物語に出会うことがでしました。最新第8巻(2018年3月発売)では、供御飯さん、月夜見坂さん、男鹿さん、晶さんといった、これまでスポットライトが当たりづらかったキャラクターが活躍します。(個人的には供御飯万智さん推しです!

 嬉しいことに、第8巻の「あとがき」で、7歳年下の女性とのご結婚を発表しています。偶然にも八一とあいちゃんと同じ年齢差です(!)。おめでとうございます。『りゅうおうのおしごと!』を推してくれた書店員さんで、神戸で出会い、岐阜で再会した「熱い人」だそうです[白鳥あとがき:8巻290ページ]。(ちなみに、両方に店舗を持つ書店チェーンは、私の知る限り宮脇書店喜久屋書店ヴィレッジヴァンガードアニメイトの4つだけです。)今後も応援してゆきたい作者とその作品を、皆さんもぜひお楽しみください。

 

【参考文献】

白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』(GA文庫746、2015年9月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 3』(GA文庫819、2016年5月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 5』(GA文庫888、2017年2月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 6』(GA文庫925、2017年7月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 7』(GA文庫974、2018年1月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 8』(GA文庫994、2018年3月発売)

・「「ラノベの素」 みんなで選ぶベストラノベ2011コメディ部門第一位 白鳥士郎先生『のうりん』」(ライトノベル総合情報サイト・ラノベニュースオンライン、2012年2月17日、2018年3月18日閲覧)

・「ライトノベルで農業を描いてみたらこうなった――『のうりん』著者インタビュー 」(ITmediaビジネスオンライン、2012年4月13日、2018年3月18日閲覧)

・「農業系学園ラブコメディ『のうりん』白鳥士郎氏インタビュー【前編】」(ダ・ヴィンチニュース、2013年12月15日、2018年3月18日閲覧)

・「白鳥士郎インタビュー」(『このライトノベルがすごい!2017』、宝島社、2016年)

・「白鳥士郎インタビュー」(『このライトノベルがすごい!2018』、宝島社、2017年)

 

りゅうおうのおしごと! 8 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! 8 (GA文庫)

 

もう一つの師弟関係、あるいはオッサンの熱くてシブい戦い ― 白鳥士郎『りゅうおうのおしごと! 7』

 こんにちは。白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』特集の第1弾として書いた前回の記事「『りゅうおうのおしごと!』の押さえておきたいポイント」では、本作が師弟関係をテーマに据えていること、第6巻以降の第2部に入ってから群像劇としての性格を強めていることを指摘しました。

 さて、現在放送中のアニメ化に合わせて、第7巻が1月に刊行されています。この第7巻は、師弟関係という本作のテーマを踏まえ、実に異色のオッサンの熱くてシブいたたかいの物語となっていまた。 現代日本のライトノベルでは珍しいオッサンの物語について語ってみたいと思います。ネタバレを含みますので、そこら辺はご容赦ください。

―目次―

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GA文庫|2018年1月の新刊

1.もう一つの師弟関係

(a) 主人公の師匠・清滝鋼介九段の登場シーン

 白鳥士郎りゅうおうのおしごと! 7』(GA文庫、2018年1月発売)でメインで登場するのが、プロ棋士の清滝鋼介九段です。彼は本作の主人公・九頭竜八一の師匠に当たります。これまで本作は八一とその弟子たちやきょうだい弟子との話を主に展開してきましたが、今回は八一にとっての〈もう一つの師弟関係〉が描かれることになります。

 本作における清滝の登場はとても早く、第1巻の「プロローグ」で八一とあいの師弟が描かれた後、「第1譜」の冒頭のセリフ「オシッコォォォ ォォォ ォォォ ォォォ ォォォ ォォォ ォォォッ!![白鳥:1巻10ページ]という衝撃のシーンで登場します。つまり、本編最初の登場人物というわけです。ここでの清滝の説明は、「師匠である清滝九段はタイトル獲得経験こそないおのの二度も名人挑戦者として名乗りを上げた古豪〈ふるつわもの〉。/重厚な棋風と熱い勝負魂を併せ持つ、関西棋界の重鎮である[同前:1巻11-12ページ]とされています。(補足しておくと、冒頭の「オシッコ」にしても、対局中における水分補給と重要さとトイレに立つことが時に勝負を左右するという厳しい世界の説明につながり、第1巻における八一とあいの出会いの伏線になっています。)

 このシーンでは、棋戦で絶不調で安全策に徹した弟子に負けてとても悔しがる姿や、良い手を思いついてもすぐには指さないように堪えたときに、ズボンの右膝にできる皺のエピソードなど[同前:1巻13・24-25ページ]、清滝の人柄とそれを慕う弟子の八一と銀子の思いが同時に描かれます。実によくできた本編冒頭部と言えるでしょう。

(b) 弟子を育てるということ

 第1巻では、八一とあいが邂逅を果たしたあと、小学生であるあいの弟子入りを認めるかをめぐって、清滝と八一の出会いのエピソードが語られます[同前:1巻98ページ以下]。それは、清滝の指す将棋への憧れでした。そして今、八一の指す将棋に憧れてやって来たあいを弟子に取るように清滝は言います。

「八一。師匠に対する『恩返し』が何か、わかるか?」

「対局で勝つことですよね? 昨日みたいに」

「あれは公式戦やないからノーカウントや」

 師匠は頑なだった。

「本物の恩返しはな、師匠に勝つ事なんかやない。それだけやったら恩返しでも何でもない。師匠が本当に弟子にのぞむのは、タイトルを獲る事と、新しい弟子を育てる事や」[同前:1巻103ページ]

 本編で繰り返し語られるように、弟子を育てるということは、師匠にとっては大変なことです。プロ棋士としてただでさえも忙しいのに時間を取られ、時に弟子は自らを脅かす未来のライバルとなるかもしれません。けれども、それは先人への憧れと将棋への愛を受けとめ、そして自分たちの現在を未来へとつなげる行為なのです。 こうして、八一はあいを弟子に取ることを決意しました。

 

 第2巻では、もう一人の弟子・夜叉神天衣を弟子にするかをめぐって、再び清滝が登場します。天衣は当初、月光聖一会長の依頼で八一が面倒を見ることになった、もう一人の天才女子小学生です。天衣を弟子にすればあいにもライバルができて強くなれるのではないか、と八一は考えますが、行き違いと嫉妬からあいは拒否します。

 あいの成長のためには自分は何もできていないのではなかと悩む八一。そこで、清滝は八一が弟子入りしたときのことを話し出します。――「わしはな、お前を月光さんの弟子にしようとした事があるんや[白鳥:2巻170ページ]。八一がすば抜けた才能を持っているがゆえに自分には育てきれないと思い、当時からトッププロであった兄弟子に八一を託そうと考えたと言うのです。

「せやからお前が奨励会に入るタイミングで月光さんに相談した。お前と同じものを持っておられるあの人なら、お前を育てる事ができると思ったからや」

「そ、それで……どうなったんです?」

「断られた」

「……」(中略)

「『子供なりに考えてあなたの弟子になりたいと言ったんですから、その気持ちを大切にしてあげてください』――と」

 ガン! と頭を殴られたような衝撃と胸にじわりと広がる熱さを、同時に感じた。

 弟子の……気持ち……。

「その時、ハッと気がついたんや。わしは弟子のことを考えてるつもりで、結局、自分が逃げたかっただけなんやないかと。いや、それどころか……自分にはないものを持っとるこの子に嫉妬して、遠ざけようとしとったんやないかと」[同前:2巻174-75ページ]

ここで語られている昔の清滝の悩みは、現在の八一の悩みと重なっています。この言葉を聞いて、八一はあいと天衣の二人を自分の弟子とすることを決意したのです。こうして、天衣は桂香やあいを下して研修会入りを果たし、八一は月光を破って天衣を正式に弟子に迎え入れることになります。

 

 以上からわかるように、りゅうおうのおしごと!』は、八一とあい・天衣の師弟関係に対して、清滝と八一というもう一つの師弟関係が対応して物語が展開しています。前者がメインボーカルとギターだとすれば、後者はベースといったところでしょうか。ロリ達はさしずめドラムですね。師弟関係という本作のテーマ、特に弟子を育てるということはどういうこととかという問いかけが、ここにあります。こうした部分を踏まることで、ようやく第7巻で語られるもう一つの師弟関係の物語を理解することができるのです。

(c) 苦労人・清滝鋼介の人物

 次に、清滝鋼介九段の経歴を確認しておきましょう。1966年に大阪府に生まれ、故坂井十三九段の下で将棋を学びます。(10代終わりに)プロ棋士になってからは苦労の連続で、戦績優秀ながら定数の都合によって上位クラスに上がれない「頭はね」を幾度となく経験してきました[白鳥:7巻5・7ページ]。昇格したときは、それぞれ娘の誕生(1990年頃)、「震災」(阪神淡路大震災なら1995年)、妻の死去(2000年前後か)が重なっていたといいます[白鳥:7巻318ページ]。30代前半にして妻に先立たれた清滝は、彼の母親とともに娘の桂香を育てました。この頃に桂香に将棋を教えています[白鳥:3巻135ページ]。ちなみに、兄弟子の月光聖一はこの間に名人位ほか5冠を達成しています[白鳥:5巻248ページ、7巻47ページ]

 40歳を前にしてやっと上り詰めたA級でも4勝5敗と奮戦したものの、順位の差から1年でB級1組に降格してしまいます。この頃、空銀子と九頭竜八一を相次いで内弟子に取りました[白鳥:7巻5ページ]。後に桂香に対して、彼女が母と祖母を亡くして寂しい思いをさせたから年少の二人を弟子に取ったと語っています[白鳥:3巻136ページ]。その後、再びA級に復帰して通算8期、名人戦挑戦2回を果たして活躍。八一と銀子の弟子たちも活躍してゆきます。けれども、50歳を前にして成績が下降するようになり、50歳でB級2組となり[白鳥:2巻141ページ]7巻の時点で51歳、しかもC級1組への降格の危機です。

2.老い衰えゆくことを描く

 いよいよ『りゅうおうのおしごと!』第7巻について論じてゆきましょう。第7巻で描かれる八一と清滝の〈もう一つの師弟関係〉には、老い衰えゆくことをめぐる問題が深く関わってきます。まず、第7巻のあらすじを清滝を中心に紹介し、この物語についてさらに掘り下げてみましょう。

(a) 第7巻のあらすじ

 盛大かつ華やかに開かれた清滝一門祝賀会で、事件は起こりました。それは、八一の竜王防衛を祝う人たちが、八一が清滝を超えたとジョークを飛ばし、八一も“来年くらいには公式戦で清滝を負かしてみたい”と応じたことがきっかけでした。清滝はダーンッ!! と机に拳をぶつけ、「C級棋士風情がタイトル獲ったくらいで偉そうに……わしを誰や思っとる!? C級で指すくらいなら引退するわ!!」「思い上がるのも大概にせえッ!![白鳥:7巻51ページ]と凄まじい怒りの感情をぶつけたのです。

 八一は、師匠の怒りは、現役の勝負師としてのプライドと、嫉妬や焦りでないかと考えます。また、本当は引退を考えていたのに周囲を慮って今まで来たのではないかと、心配をします。しかし、清滝自身は、なぜ自分が怒りを爆発させたのかも分からず、もやもやとした状態で臨んだ数日後の棋戦で、誰もが間違えないような手で痛恨の悪手を指して、7連敗を喫してしまいます。清滝の棋力の衰えは誰の目にも明らかでした。

 

 その後、清滝は迷走に迷走を重ねた末に、自らを振り返り、自分が怒りを爆発させた理由を悟ります。このナイーブな展開は、淡々と丁寧に綴られていて、一気に読み進めてしまいます。

 あの日、スポットライトを浴びる弟子を見て、清滝は気付いてしまった。/自分の心の支えにしてきた『名人に挑戦した』という実績。それは自分の最後の最後で負けたという敗北者のレッテルに他ならない、ということに。

 弟子に超えられたことが悔しいのではない。自分が敗者だという事実を突きつけられ、それを受け容れることができなかった。だから弟子に八つ当たりしてわめき散らしたのだ。[同前:7巻152-53ページ、下線部は本文では傍点]

こうした自己批判を経て、燃え尽きてしまったかに思われた清滝の心の火が、再び熱く燃え上がりました。彼は朝一番に棋士室に赴き、「修業の邪魔」と言われて追い返された奨励会員にこう言います。「下働きでもなんでもする。修業時代に戻ったつもりで、わしも君達と一緒に将棋を一から学び直したい。(中略)弛んでしまった性根を叩き直したいんや。負けたままで終わりたくないんや」と[同前:7巻156ページ]。清滝は色々な若手たちを巻き込んで「清滝道場」と呼ばれるサークルを作りあげ、熱くて若い心で再起を図ってゆきます

 

 再起を図って挑んだ次の対局で、清滝は若い心を迸らせた差し手で勝利することができました。しかし、その次の対局で彼は再び苦境に陥ります。それは降級阻止がかかる順位戦の最終局で、「次世代の名人」と呼ばれる、八一と同世代の若手・神鍋歩六段との棋戦です。序盤は自らが得意とする矢倉戦法に若い感覚を加えることで清滝がリードしますが、失着を犯し逆転されてしまいます。やはり衰えは明らかでした。

 折れそうになる心を何とかつなぎ止める清滝。「そうや。わしはオッサンや。ソフトを使ったり若者と絡んだりヒップホップな服を着て若々しさを解き放ったところで、所詮オッサンはオッサンでしかない[同前:7巻280ページ]。けれども、それを受け容れた「オッサン流」の戦い方を目指すのだと言います。例え「次世代の名人」が勝つことを世間や将棋界が望もうとも、「しかしわしはそんな総てに逆らう! 棋士の運命に逆らう!」「オッサンはなぁ……空気を読まれへんのやッ!![同前:7巻280ページ]。こうして、清滝は泥仕合の末に神鍋六段を下し、降級してもなお棋士として戦い続けることを宣言するのでした。

(b) 老い衰えゆくことへの不安と恐れ

 このように、第7巻のストーリーを清滝を中心として見たとき、清滝が老い衰えゆくことに戸惑い、自覚し、受け容れたうえで新しい道(オッサン流)を見出すという展開になっています。物語の構造としては、示された主題に即して登場人物が動いてゆくという、オーソドックスな展開になっていることが分かると思います。

 さて、この老い衰えゆくことを清滝が自覚するときに彼が思い浮かべたのが、自分が若かった頃の先輩棋士たちのことでした。清滝は娘の桂香に「……昔は、将棋界もこんなんやなかった……[白鳥:7巻105ページ]と言い出します。かつての関西の棋士たちマナーは最悪なゴロツキのような人ばかりだったと言います。けれども、「先輩達と同じ年齢になって……若手に追い抜かれていくっちゅう同じ立場になって、あの時の先輩達の気持ちが痛いほどよくわかる」、「不安なんや[白鳥:7巻105ページ]。不安と恐怖を紛らわすために、わざと対局中に話したり、後輩に威張ったり、勝負師としての興奮が忘れられずにバクチを打つのだと言います。

 

 さらに、老い衰えゆくことを清滝が受け容れて新しい道を見出すときに、先輩棋士たちのことを再び思い浮かべます。そして、その時には上に引用したように、先輩たちが不安と恐怖を紛らわすためだけにゴロツキのように振る舞っていたわけではなかったと思い直すようになります。

 今ならわかる。

 先輩たちが不安を紛らわすためにしとったお喋りも立派な戦術。立場を利用したルールすれすれのセコい技やが、それを使うという決断も強さの一つであることが、今ならわかる。

 みんな勝つために必死に知恵を絞り、プライドをかなぐり捨てて戦っていたのや。棋士として生き残るために……一局でも多く、大好きな将棋を指し続けるために。

 わしはそれをカッコいいと思う。

 今はそう、心から思う。オッサンカッコイイ。[同前:7巻286ページ]

こうして清滝が指した「オッサン流」の将棋は、ねちねち粘り、騙くらかす、気迫に満ちた熱くて嫌らしい指し手でした。それは第1巻で紹介された「重厚な棋風と熱い勝負魂を併せ持つ」、経験豊富なベテランだからこそ指すことのできる勝負を決して捨てることのない将棋だったのです。

(c) 過去と現在を背負っている者の役割

 第7巻では、清滝以外にも老い衰えゆくことに向き合っている人物が登場します[同前:7巻210ページ以下]。関西棋界の総帥とされる蔵王達雄九段です。蔵王九段は1937年生まれの80歳、清滝の師匠の兄弟子に当たる現役最年長のプロ棋士です。しかし、老雄も寄る年波には勝てず、現在C級2組で、当年度限りで引退することになっています。その最終局の対戦相手が主人公の八一だったのですが、八一は無残な敗北を余儀なくされます。それは連勝中だった八一が引退する蔵王に対して油断していたことも理由ですが、直接には今は廃れた「消えた戦法」を蔵王が採用したことでした。

 ここでは、棋士が狡猾な戦いで若手棋士を破ったという対比のあとに、うちひしがれる八一に対して蔵王が教えさとすシーンが加わります。蔵王はこの敗北の悔しさに苦しんだ時間こそが、八一の才能を証明していると言うのです。このシーンでは、敗北をただちに受け入れることのできない若手棋士とこれを教えさとす老棋士というもう一つの対比が加わることで、歴史と伝統、あるいは過去と現在を背負っている者の役割が語られているのです。

 

 さらにもう一人、過去と現在を背負い、老いに直面する人物がいることに、皆さんはお気づきでしょうか。それが突如として大阪に現れる、ヒロインあいの父・雛鶴隆です。役回りとしては、清滝が老い衰えることを受け容れる時のヒントとなる発言をするのですが[同前:7巻204ページ以下]、その前に八一の前に現れるシーンがあります[同前:7巻95ページ以下]

 雛鶴隆は、元は大阪法善寺横丁の板前で、修行中に現在の妻と出会って結婚し、あいが生まれています。彼もまた、大阪の板前と石川の温泉旅館という歴史と伝統を背負った人物です。彼が八一に自分の過去を語るときに持ち出したのが、昭和の大ヒット大衆歌謡「月の法善寺横丁」(歌・藤島桓夫、1960年)です。若い八一に分かりませんと応じられて寂しそうに俯くのですが、ここでも歴史と伝統を背負った雛鶴隆とそれを知らない八一という対比がなされていて、八一が蔵王九段に敗れる伏線となっているわけです。

3.ライトノベルのなかの老い衰えゆくこと

(a) 新しい試みとして

 ここまで論じてきたことをまとめます白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』シリーズは、八一とあい・天衣という師弟関係の物語を中心にしているのですが、その背景には清滝と八一という〈もう一つの師弟関係〉が描かれていました。第7巻では、この〈もう一つの師弟関係〉にスポットライトが当てられ、過去と現在を背負った年長者と、未来を担う若者の対比が繰り返し描かれています。そのストーリー展開の中心は、八一の師匠である清滝が、老い衰えゆくことに戸惑い、自覚し、受け容れたうえで新しい道を見出すというものでした。

 この老い衰えゆくこと」を取り上げことは、現代日本のライトノベルとしては注目すべき試みではないかと思います。そもそも、現代日本とするライトノベルでは、年長者はあまり登場しない傾向があります。登場したとしても、年長者は主人公たちに対立的なキャラクターとして位置づけられることがしばしばです。この場合、敵となる年長者がストーリー展開の都合から生みだされたご都合主義的で陳腐なキャラクターとなってしまうことがあります。

 もちろん、そうでない作品もあります。例えば、以前「短編小説賞と「家族」問題」で紹介した五十嵐雄策『幸せ二世帯同居計画』電撃文庫、2016年11月発売)では、物語の構造として老人の語りが若者の語りを支える話があります。他方で、異世界を舞台にした物語では年長者が出る場合も少なくなく、特に戦記ファンタジーでは指揮官や指導者といったかたちで年長者が登場し、若者との世代交代が描かれることもしばしばあります。また、「小説家になろう」発の赤石赫々『武に身を捧げて百と余年。エルフでやり直す武者修行』(全10巻、富士見ファンタジア文庫、2014~17年)やまいん『二度目の人生を異世界で』(既刊17巻、HJノベルス、2014年~)のように老人が若者に転生するというパターンも見られます。

 

 こうした諸作品に対して本書では、世界設定とキャラクターに年長者と若者という関係が当初からおり込んでいる点が注目されます。実際に、メインとなる師弟関係と〈もう一つの師弟関係〉という物語の構造がそれを反映しています。大人や老人といった年長者がきちんと位置づけられた、いわば「社会」が存在する作品となっているわけです。それが現代日本のライトノベルでは、あまり多くないことは言うまでもないでしょう。

 さらに指摘すれば、老い衰えゆくことは、早くも第3巻で触れられていました。清滝の娘の桂香が、自らの進退のかかった対局に臨む日、父娘が対面するシーンです。「久しぶりに真正面から見た父親の顔は、驚くほどに老けていた。刻まれた皺に、過ぎてしまった時間の重さを思い知る。簡単には受け止められないほどに[白鳥:3巻245ページ]。第7巻では、彼女こそが、清滝が老い衰えゆくことをもっとも心配し苦しんでいたことが繰り返し描かれていますが、こうした前提を踏まえることでより深く理解できるでしょう。

(b) 年長者と若者を対比する

 「清滝の老い」と言っても、第7巻の時点で彼は51歳です。ですから、厳密には、彼が直面しているのは老年期の問題というよりは中年期の問題(英語ではmidlife crisis)と言えるかもしれません。それをあえて「老い衰えゆくこと」としたのは、年長者と若者を対比するという本書の構造的な特徴を明らかにするためです。

 本記事で「老い衰えゆくこと」(aging and frailty)という特徴的な言葉を使っていますが、これは社会学者の天田城介の議論に触発されました。天田が指摘するように、「老い衰えゆくこと」は人それぞれ(元気な80歳がいれば病気の60歳がいるように)であるために医学的・生物学的な定義はできず、むしろ社会的な関係(特に周囲の認識や本人の自覚)が重要です。

 現代日本は超高齢化社会であり、老人と若者の関係をどのように取り結ぶかが問われています。それは、現代日本を舞台とするライトノベルにおいて軽視しえない問題とも言えます。この時、老人と若者が対立する安易なご都合主義に陥ることなく、「オッサンカッコイイ」と登場人物に言わせる『りゅうおうのおしごと!』は、年長者と若者を相互的で社会的なものとして描く、刺激に満ちた新しい試みではないでしょうか。オッサンの熱くてシブい戦いを読んで、そんなことを考えてみました。

 

【参考文献】

白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』(GA文庫746、2015年10月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 2』(GA文庫784、2016年1月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 3』(GA文庫819、2016年5月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 5』(GA文庫888、2017年2月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 6』(GA文庫925、2017年7月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 7』(GA文庫974、2018年1月発売)

・天田城介『〈老い衰えゆくこと〉の社会学』(多賀出版、2003年、普及版2007年、増補改訂版2010年)

・本田康人「『りゅうおうのおしごと!』が将棋小説の名作である理由」(ブログ『ホンシェルジュ』、2017年7月16日、2018年2月22日閲覧)

 

(2018年3月1日 一部修正)

(2018年3月3日 一部加筆・修正)

(2018年3月7日 一部加筆・修正。特にツイッターで@mizunotoriさまに、オッサンの活躍という物語が戦記ファンタジーでしばしば見られる点、「なろう系」における老人が若者に転生する物語の登場についてご教示いただきました。記して感謝いたします。)

りゅうおうのおしごと! 7 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! 7 (GA文庫)

 
りゅうおうのおしごと! (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! (GA文庫)

 
りゅうおうのおしごと! 2 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! 2 (GA文庫)

 

 

『りゅうおうのおしごと!』の押さえておきたいポイント

 こんにちは。前回の記事は、作者のTwitterでご紹介いただき、たくさんアクセスしてもらえました。反響が大きくてとても驚いています。累計アクセス数も4000を超えました。この機に乗じてこのブログのTwitterアカウント@b_sekidateも作りましたので、こちらもぜひお願します。

 さて、今期のアニメ(2018年1~3月放送)では、『りゅうおうのおしごと!』が放送されていて、ライトノベルなどを原作とする作品としては『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』などと並んで注目されているようですね。原作である白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』(既刊7巻、GA文庫、2015年9月~)は、私も大好きなお話なので、これから全3回に分けて語ってゆきたいと思います。第1弾は、イントロダクションとして本作の押さえておきたいポイントについて、語ってゆきたいと思います。

―目次―

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GA文庫|「りゅうおうのおしごと!」特設ページ

 

 さて、白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』は、16歳で史上最年少で竜王を獲得しながらスランプに陥っていた主人公・九頭竜八一が、突然押しかけてきた小学三年生の雛鶴あいを弟子に取り、互いに成長してゆく物語です。八一とあいの師弟を中心に、師匠や弟子たち、数々の棋士たちが登場する本格的なストーリー展開が魅力です。

 本作は『このライトノベルがすごい!』で2017年、18年版と2年連続で1位を取り、冒頭で述べたように2018年1月からアニメ化されました。アニメ化に合わせて、第7巻が1月刊行、第8巻が3月刊行予定となっており、この間、作者の白鳥士郎がイベントに飛び回るなど、販売戦略の方もしっかりしているようです

1.一度で3つ美味しい組み合わせ

 りゅうおうのおしごと!』は、ジャンルとしてはこの間勢いのある、お仕事もの+教師もの+ロリの組み合わせであり、作者もこの辺はしっかり意識しています[インタビュー2016:48ページ]

 「お仕事もの」としての性格は、『りゅうおうのおしごと!』という本作のタイトルで明示されていますね。かなり以前から存在するジャンルですが、こと将棋をテーマとしたものとなると第20回電撃小説大賞で銀賞を受賞した、青葉優一『王手桂香取り!』(全3巻、電撃文庫、2014年2~11月)がありますが、これは中学校の将棋部が舞台で「お仕事もの」ではありませんが、地味ながら上手く練られた作品でおススメです(その辺りはブログ『WINDBIRD』の記事「将棋ラノベ『りゅうおうのおしごと!』が人気のいまこそ『王手桂香取り!』をオススメする」が熱く語っているので、そちらに譲ります。また、青葉優一はその後も『復讐ゲーム―リアル人間将棋―』(メディアワークス文庫、2015年9月発売)も出しています)

 「教師もの」は、諸星悠空戦魔導士候補生の教官(全14巻、富士見ファンタジア文庫、2013年7月~17年7月)、羊太郎『ロクでなし魔術講師と禁忌経典アカシック・レコード(既刊12巻、富士見ファンタジア文庫、2014年7月~)など2013~14年頃に出てきた印象があります。本作が最初に企画されたのが2014年頃ですから、ちょうどこの流れに当てはまることになりますね[インタビュー2016:48ページ]

 

 ロリコンもの」は、蒼山ザグの『ロウきゅーぶ!(全15巻、電撃文庫、2009~15年)と『天使の3P』(既刊10巻、電撃文庫、2012年~)が代表的です。それ以外にも片山憲太郎『紅』(全4巻、集英社スーパーダッシュ文庫、2005~08年)長谷敏司円環少女』(全13巻、角川スニーカー文庫、2005~11年)上月雨音『SHI-NO -シノ-』(全10巻、富士見ミステリー文庫、2006~09年)、餅月望『小学星のプリンセス☆』(全3巻、集英社スーパーダッシュ文庫、2008~09年)、竹井10日10歳の保健体育(全8巻、一迅社文庫、2010~15年)、神崎紫電ブラック・ブレット(既刊7巻、電撃文庫、2011~14年)、榎宮祐ノーゲーム・ノーライフ(既刊10巻、MF文庫J、2012年~)など、断続的に出てくるジャンルです。ちなみに、作者の白鳥本人は自分のことを真正のロリコンではなく、「ビジネスロリコン[同前:49ページ]だと言っています。

 実際、本作が2014年頃に最初に企画されたときは「ロリコンもの」ではなかったといいます。当初の設定では、東京在住の20代のうだつの上がらない男性プロ棋士が、女の子(中学生くらいでしょうか)を弟子にするというものでした。ですが、この設定では「地味」だということになって、主人公を「俺TUEEE」的な実力の持ち主とし、ヒロインを小学生になったとのことです[同前:48ページ]

 確かに、元のままでは『王手桂香取り!』のように地味で、あまり話題にならない作品になった可能性があります(あるいは裕時悠示『29とJK』みたいに『K(棋士)とJK』になっていたのかも)ロリコンもの」の要素を大胆に取り入れたことで、『りゅうおうのおしごと!』は設定上の強みを獲得したのです。アニメ版は、シリーズ構成・シナリオ・キャラクターデザイン等でこの要素をさらに強調していますね。

2.キャラクター人気は必ずしも高くない?

 興味深いことに、『りゅうおうのおしごと!』は必ずしもキャラクターの人気が高いわけではありません。『このライトノベルがすごい!』のランキングでは、2017年版で雛鶴あい26位、九頭竜八一40位、空銀子49位、2018年版では空銀子33位、九頭竜八一35位、雛鶴あいにいたっては50位圏外と人気作の割にパッとしません。

 本作はこの他にもたくさんのヒロインが出てきます。八一の弟子の雛鶴あいと夜叉神天衣、女子小学生の将棋仲間(JS研)、八一の姉弟子の空銀子や女流棋士たち、さらには師匠や男性棋士の娘までいます。こうした「ハーレムもの」は、ラブコメの系譜としては、マンガだと高橋留美子うる星やつら』、ライトノベルでは築地俊彦まぶらほ』が挙げられるでしょう。加えて、メインヒロインの雛鶴あいは、ラムちゃんや宮間夕菜と同じ押しかけ女房であり、浮気を疑うと攻撃的になるところもそっくりです。

 

 けれども、「ハーレムもの」ゆえに本作のキャラクターの人気が分散しているとは必ずしも言い切れません。『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』や『ソードアートオンライン』のように複数のキャラクターが上位にランクインする場合があるからです(この2作と比べるのはやや酷かもしれませんけれども)。だとすれば、りゅうおうのおしごと!』のキャラクター造形と、世界設定やストーリー展開との関係が問うことが重要になります。

3.綿密な取材に支えられた世界設定とストーリー展開

 『りゅうおうのおしごと!』を誰もが気付かされるのは、作者による綿密な取材や資料収集です。「ラノベ作家としては少数派だと思いますが、私は作品を執筆する際、かなり時間をかけて取材を行います」と述べており[白鳥あとがき:2巻284ページ]、また雑誌『将棋世界』のバックナンバーや棋戦の記録をずいぶんと読み込んだ模様です。棋士をはじめとした関係者とも関わりをもっているようです[インタビュー2016:50-51ページ]。ただし、将棋の世界は専門性の高いたいへん難しい世界ですので、その部分をどのように書くかが著者の腕の見せどころというわけです。

 さて、羽海野チカ『三月のライオン』(既刊13巻、ヤングアニマル連載、2007年~)は主人公の成長がストーリー展開の中心であり、柴田ヨクサルハチワンダイバー(全35巻、ヤングマガジン連載、2006~14年)は将棋指しの「業」とでも言うべきどろどろとした内面が描かれています。成長と業は、マンガや小説における「将棋もの」の定番の物語と言えるのではないでしょうか。けれども、こうした物語はあくまでも将棋の世界のものであって、普通の読者には分かりにくいという欠点があります。

 

 これに対して本作で重視されているのは、師弟関係です。師弟関係は多くの読者にとって普遍的な物語です。例えば、さかのぼると壺井栄二十四の瞳(1952年)のような小説、最近では東村アキコ『かくかくしかじか』(全5巻、Cocohana連載、2011~15年)のようなマンガなど数々の名作があります。加えて、本作の主人公・八一は師匠としては半人前であり、彼の弟子たちは八一だけでなく周囲との関係を通じて成長してゆきます。このように、『りゅうおうのおしごと!』は、師弟関係を通じて難しい将棋の世界を私たちに分かりやすく示しているのです。

 師弟関係をきちんと描くことは、現代日本のライトノベルにおける「教師もの」が陥りがちなパターンを回避することにも繋がっています。『空戦魔導士候補生の教官』や『ロクでなし魔術講師と禁忌経典アカシック・レコード』といった作品は、「俺TUEE」的な主人公のキャラクター設定を正当化し、さらに教師と教え子という〈教える―教えられる〉の一方的で権力的な関係を持ち込みがちです。この〈教える―教えられる〉という関係を問うことがきちんと出来ている作品はあまりなく、庵田定夏『今日が最後の人類だとしても』ファミ通文庫、2016年10月刊行)が挙げられるでしょう。

 本作に関して言えば、八一自身が〈教える〉ことに失敗したり、弟子たちからたくさんのことを〈教えられる〉ような、双方向な師弟関係が当初から織りこまれているところに注目したいものです。

 

 このように『りゅうおうのおしごと!』は、双方向的な師弟関係を軸とした物語として進んでゆきます。特に第1部に当たる第1~5巻は、八一とあいの師弟関係が中心軸として設定されています[本田康人2017]。そこに、もう一人の弟子で両親を失くした女の子・夜叉神天衣、八一の姉弟子の空銀子奨励会二弾、女流二冠)、八一の師匠の娘で年齢制限に苦しむ清滝桂香(関西研修会員)らの物語が加わり、女子小学生のロリータが花を添えます。

 この第1~5巻は、登場人物がとにかく涙を流します。それは物語が悲しいからではなくて、ただひたすらに将棋に情熱をかけるからこそ流れる「熱い涙」です。あいや天衣がデビューして間もないこともあり、奨励会より下の研修会が主な舞台となっているのも珍しい点です。

 第2部にあたる第6巻からは、八一が竜王を防衛し、あいと天衣は女流棋士になってからの物語で、プロ棋戦・奨励会女流棋士戦が主な舞台となってゆきます。第6巻の後半では師弟関係が新たな段階に入ったことが、印象に残るかたちで表現されています[白鳥:6巻第4譜]。また、八一以外のキャラクターにもスポットライトが当てられ、本作が群像劇としての性格を強めているようにも思えます。

 そして、最新刊の第7巻ではもう一つの師弟関係が描かれることになります。これは第2弾もう一つの師弟関係、あるいはオッサンの熱くてシブい戦い」で語ろうと思います。そして、第3弾は「白鳥士郎の苦悩と躍進と2010年代のライトノベル」と題して、作者・白鳥士郎をめぐるお話書いてみようと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

 

【参考文献】

白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』(GA文庫746、2015年9月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 2』(GA文庫784、2016年1月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 3』(GA文庫819、2016年5月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 4』(GA文庫845、2016年9月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 5』(GA文庫888、2017年2月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 6』(GA文庫925、2017年7月発売)

・同『りゅうおうのおしごと! 7』(GA文庫974、2018年1月発売)

・「白鳥士郎インタビュー」(『このライトノベルがすごい!2017』、宝島社、2016年)

・本田康人「『りゅうおうのおしごと!』が将棋小説の名作である理由」(ブログ『ホンシェルジュ』、2017年7月16日、2018年2月22日閲覧)

 

(2018年2月24日 一部加筆。特にツイッターで@tantra_festumさまに『ブラック・ブレット』をご教示いただきました。記して感謝いたします。)

(2018年2月28日 一部修正)

(2018年3月3日 一部加筆)

(2018年3月17日 一部加筆)

りゅうおうのおしごと! (GA文庫)

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りゅうおうのおしごと! 2 (GA文庫)

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りゅうおうのおしごと! 3 (GA文庫)

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りゅうおうのおしごと! 7 (GA文庫)

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りゅうおうのおしごと! 8 (GA文庫)

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