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現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

みんはな10年前のことを覚えているかい? ― 木緒なち『ぼくたちのリメイク』

 こんにちは、お久しぶりです。こんな不定期更新のブログでも、はじめて1ヶ月で閲覧者数100を超えると少し驚きです。今年1月に書いた豊田巧『異世界横断鉄道ルート66』の記事を作者さんご本人がFacebookで紹介いただいたのが原因のようです。こんな小難しい文章でも、チェックしていただいているのかと思うと赤面の至りです。

 それはそれとして、今回は木緒なち『ぼくたちのリメイク――十年前に戻ってクリエイターになろう!』(MF文庫J、2017年3月発売)を取り上げてみたいと思います。この作品は、タイトルの通り、主人公が10年前にタイムスリップして人生をやり直す話なのですが、2006年という具体的な年を指定し、これに即した話を組み立てている点が注目されます。

 

 MF文庫Jとしては押しの作品らしく、以下のように特設サイトやTVCMまで作って宣伝しています。同じクリエーターものとして、4月からアニメ2期が放映される丸戸史明冴えない彼女の育てかた』(ファンタジア文庫)のような扱いを目指しているのでしょうか。イラストレーターにはえれっとを起用。帯には、10年前にヒットした彼の同人作品『にょろーんちゅるやさん』が描かれ、「みんはな十年前のことを覚えているかい?」とふき出しがあります。懐かしいですね。

 この作品はこの10年間の時代の変化を考えさせれれる作品です。たかが10年と侮るなかれ。今回も、少々お付き合い下さい。

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▲ MF文庫J『ぼくたちのリメイク』特設サイト

www.youtube.com

10年前の日本社会とキャンパスライフ

 冒頭でも述べたように、本作は2016年から2006年へとタイムスリップするという、時間を指定したタイムスリップものです。ミステリやサスペンスでは精緻な道具立てとして使われることがあり、例えばジョン・F・ケネディ暗殺を題材にした、スティーブン・キング『11/22/63』が最近では話題になっていますね。同作では、1960年代アメリカをいかに読者の前に再現するかが魅力の一つになっています。

 さて、『ぼくたちのリメイク』では、2016年時点で、しがないゲームクリエイターである主人公の橋場恭也が、会社が倒産して失業してしまい失望のなかで目が覚めると10年前の2006年にタイムスリップ。人生をやり直そうと、新たに芸術大学に進学したところ、10年後に活躍するクリエイターの卵たちに出会ってシェアハウス生活をすることに……という設定です。

 

 主人公は1988年生まれで奈良県生駒市出身[木緒2017、pp.12, 24, 33]、10年前の2006年に戻ると大学進学のタイミングで、心機一転、大阪府南河内郡にある大中芸術大学に進学します。やたらと具体的です。実は1988年生までの人は、遅生まれでない限り2007年に大学進学をするはずなので、計算が合わないのですが、そこは取りあえずスルー

 さて、大中芸術大学映像学科は、「誰もが知っている国民的アニメの監督の出身校で、超有名マンガ家の半生をもとにして大ヒットしたマンガ『アカイホノオ』の舞台で、世界的ゲームメーカーの陣天堂にも多数のクリエイターを輩出していた」[同、p.26]というのですが、これは作者自身の出身校でもある大阪芸術大学がモデルです。それぞれ、エヴァ庵野秀明島本和彦アオイホノオ』(ここでは大作家芸術大学:おおさっかと読む)、任天堂のことを指すことはお分かりになると思います。

 

 話が進めば、作者の実体験に基づくだろう話が次々と出てきて、ニヤニヤさせられます。個性豊かというより何かがおかしい大学教員、当時大阪に多かった大手コンビニチェーンのドーソン(もちろんローソンのこと)での深夜バイト、奇人変人がうごめいて意味不明な飲み会をやるサークル(美術研究会と忍術研究会)の先輩たち、駅で映像撮影をする際の面倒な諸手続きとトラブルなどなど。

 

 この頃の日本の大学では、就職不安と就活の長期化、仕送りの減少に伴う長時間のバイトをする学生の増加といった経済問題が一方にあり、自由な時間割や欠席・代返、一気飲みへの規制など社会的要因が他方にあるなかで、自由で活発あるいはハチャメチャな昔ながらの学生文化がいよいよ衰退してゆく時期です。大学生にとって、自由なモラトリアムの空間としての大学から、資格と就職のための社会の仕組みとしての大学へと姿が変わってゆく時期に当たります。

 しかし、芸術大学のようなちょっと浮世離れした大学は、こうした社会の動きとはやや距離のある自由な雰囲気があったように思います(筆者は芸大出身ではありませんが)。マンガでは、羽海野チカハチミツとクローバー』や東村アキコ『かくかくしかじか』で芸術大学の情景が描かれています。小説だと、森見登美彦の『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』などで描かれる京都大学の誇張された情景も面白いですね。

 

 2006年頃は、右も左もガラケーでしたし、そもそも「ガラケー」という言葉さえありませんでした。学生のコミュニケーション・ツールといえばmixiです。もちろん、Facebookなんて知りません。インターネットはあっても、ケータイでの使い勝手はまだまだ悪く、出先に行く時は電車の時刻をメモして、地図は紙にプリントアウトしたものです。作中でも触れられていますが、ケータイのカメラやデジカメのビデオの性能もまだまだでした。

 90年代後半・2000年代生まれの、現在の中高生や大学生の人には、不便な世の中だと思うかもしれませんが、当時は誰も不便だと思っていませんでした。むしろ、ケータイとネットの普及で以前より便利になったと感じていたものです。逆にケータイ利用とネット社会の普及に対して警鐘を発する意見がまだ残っていたくらいです。

10年前のライトノベル:一般的動向

 さてさて、10年前のライトノベル業界はどのようなものだったのでしょうか。主人公たちが入学した2006年春頃の、新刊ラノベに封入されている折込み広告チラシを覗いてみましょう。

電撃文庫:『電撃の缶詰』の4月の新刊は上遠野浩平ブギーポップ」シリーズの第14巻『イントレランス オルフェの方舟』、三日月かける断章のグリムⅠ』、鎌池和馬とある魔術の禁書目録9』、七月隆文『イリスの虹Ⅱ』、五十嵐雄策『はにかみトライアングル3』、有沢まみずいぬかみっ!9』などです。往年の名作や今も現役の作家たちが並んでいます。

 

富士見ファンタジア文庫:『ドラゴンプレス』の4月の新刊は、十月ユウ『戒書封殺記2』、星野亮ザ・サード」シリーズ短編第6巻『ただ、それだけのこと』、神坂一スレイヤーズすぺしゃる26』、鏡貴也『伝説の勇者の伝説10』、竹河聖風の大陸』最終章(第28巻)などです。この頃のファンタジア文庫は、白い表紙の上に、四角に切ったイラストと黒ゴチのタイトルという昔懐かしのオールド・スタイルです。しかし、この前年の2005年6月発売の高瀬ユウヤ『攻撃天使〈ヘブンスレイヤー〉6』から枠を出たイラストが出るようになりました。

 

富士見ミステリー文庫:同じく『ドラゴンプレス』から、師走トオル『タクティカル・ジャッジメントSS3』、野梨原花南『マルタ・サギーは探偵ですか?2』、かたやま和華『楓の剣!二』などです。当時存在したミステリー文庫は、毎月3~4冊ほど出していました。

その他に、広告として「富士見書房の人気作品が携帯電話で読めるようになります」という宣伝があり、ガラケーで読める今の電子書籍の走りがあったことも判ります。案内されている作品は、賀東招二フルメタル・パニック』、秋田禎信『魔術師オーフェン』、榊一郎スクラップド・プリンセス』、水野良魔法戦士リウイ』、桜庭一樹GOSICK』、新井輝ROOM No.1301』、田代裕彦『平井骸惚此中ニ有リ』などが並んでいます。また、ラジオ大阪の番組「富士見ティーンエイジファンクラブ」が4月から始まったという広告もあります。

 

角川スニーカー文庫:『ザッツすにすに』より、十文字青薔薇のマリアV』、長谷敏司円環少女3』など。

 

MF文庫J:『その名もJ』から、西野かつみかのこん3』、桑島由一神様家族8』、日日日蟲と眼球とチョコレートパフェ』など。この頃は、まだナンバーが付いていません。

 

ファミ通文庫:『enterbrain Entertainment News』vol.73 で、田口仙年堂吉永さん家のガーゴイル10』、野村美月“文学少女”と死にたがりの道化』など。この頃のファミ通文庫の折込み広告は、エンターブレインで一括でした。この年の10月に『FBN』vol.1が発行されます。

 当時何が流行っていたかを調べるのには、『このライトノベルがすごい!』が手っ取り早いです。2006年分を扱っている2007年版を見てみましょう。

作品ランキング:1位 支倉凍砂狼と香辛料』(電撃文庫)、2位 谷川流涼宮ハルヒ」シリーズ、3位 西尾維新「戯言」シリーズ講談社ノベルス)、4位 橋下紡『半分の月がのぼる空』、5位 時雨沢恵一キノの旅』(電撃文庫)、6位 竹宮ゆゆこ『トラどら!』、7位 川上稔終わりのクロニクル』(電撃文庫)、8位 「“文学少女”」シリーズ(ファミ通文庫)、同率9位 渡瀬草一郎空ノ鐘の響く惑星で』、古橋秀之ある日、爆弾がおちてきて

 

女性キャラクター部門:1位 ホロ(狼と香辛料)、2位 長門有希涼宮ハルヒシリーズ)、3位 涼宮ハルヒ(同)、4位 天野遠子“文学少女”シリーズ)、5位 キノ(キノの旅)、6位 逢坂大河とらドラ!)、7位 秋庭里香(半分の月がのぼる空)、8位 ヴィクトリカGOSICK)、9位 シャナ(灼眼のシャナ)、10位 ルイズ(ゼロの使い魔

 

男性キャラクター部門:1位 佐山・御言(終わりのクロニクル)、2位 いーちゃん戯言シリーズ)、3位 零崎人識(同)、4位 平和島静雄(デュラララ!!)、5位 相良宗介フルメタル・パニック!)、6位 キョン涼宮ハルヒ)、7位 ガユス・レヴィナ・ソレル(されど罪人は竜と踊る)、8位 折原臨也(デュラララ!!)、9位 上条当麻とある魔術の禁書目録)、10位 薬屋大助(ムシウタシリーズ)

 2006年当時のライトノベルの状況を総括してみると、とにかく電撃文庫の一人勝ち。新た強いヒット作が生まれ、人気作家を次々と輩出しています。一方、古参のファンタジア文庫は長年のヒット作を抱えているもののの、新しいヒット作に恵まれてない模索の時期で、同じく古参のスニーカー文庫も「涼宮ハルヒ」シリーズの爆発的ヒットが目立つのみです。他方で、『神様家族』、「“文学少女”」シリーズなどMF文庫Jファミ通文庫などの新興レーベルがいよいよ本格的にヒット作を出すようになってきています。

 作品の傾向も、現在とかなり異なります富士見ファンタジア文庫が担ってきた異世界ファンタジーものが退潮を見せ、現代ファンタジーあるいは異能バトルもの、どたばたラブコメ、現代世界ものでは、登場人物の心情を掘り下げたものやミステリ・テイストなどが確認できます。ライトノベルが2000年代に入って多様化して、多くの読者を獲得していった時期に相応しいラインナップと言えるでしょう。

10年前のライトノベル:一つの作品の紹介

 こうした2006年頃のライトノベルの状況のなかで生れた作品を一つ紹介します。それは、熊谷雅人ネクラ少女は黒魔法で恋をする』全5巻(MF文庫J、2006~07年)です。本作はあまり有名な作品ではありませんが、第1回MF文庫Jライトノベル新人賞の佳作であり、作者の熊谷雅人は、西野かつみ日日日月見草平らと同期に当たります。

 『ネクラ少女は黒魔法で恋をする』は、現代ファンタジー・ラブコメ・登場人物の心情の掘り下げという、上に示した2000年代半ばのライトノベルの動向が集約されています。それゆえ、同作はこの時代のライトノベルを考えるうえで示唆的な内容を持っています。また、これが当時の新興レーベルから刊行され、女性を主人公にしている点もたいへん興味深いものです。

 

 『ネクラ少女』の主人公・空口真帆は、他人を遠ざけ一人黒魔法を愛好する、内弁慶な毒舌家。ある日、悪魔の召喚に成功した真帆は、自分をバカにするクラスメートを観返すために「わたしを変えてほしい、可愛くしてほしい」と願う。悪魔はその代償に彼女の恋心を奪うという。すっかり変わった彼女は、演劇部からスカウトされ、そこで一之瀬先輩に出会う。一之瀬に惹かれる真帆だが、彼は亡くなった彼女のことが忘れられないという。新たに出来た友達のおかげで自らの恋心を自覚した真帆は、「本当に変わらなくちゃいけないのは、わたしの心なんだ」と気付き、恋心を取り戻すべく悪魔に立ち向かう――。

 

 以上が、第1巻のおおよそのあらすじです。『ネクラ少女』の導入部分は、主人公の毒舌によるモノローグでテンポよく進み、中盤から孤独な少女が友達と想い人を作って内面を育み、終盤で自らの弱さを克服しようとたたかいます。登場人物の心情の掘り下げが、「黒魔法」という変身願望をテコとして進められ、「黒魔法」に話が回収されてゆく構成は改めて読み直しても面白いものです。

 重要なのは、「黒魔法」=変身願望には落とし穴があること。物語の終盤で、真帆の意思が固いと見るや、悪魔は彼女に絶望を与えるべく、それまでの友達と想い人を作って内面を育んだ記憶を彼女から消し去ろうとします。ですが、彼女は絶望しません。例え記憶を失おうとも、再び変わってみせると彼女は覚悟を決めるのです。

 2巻以降では、さらに真帆を取り巻く登場人物が増え、ラブコメとしての要素が強まりますが、願望と意思をめぐる内面の掘り下げに「黒魔法」が関わる形でストーリーが展開してゆきます。さらに物語の舞台として演劇部を設定し、主人公たちが作り上げようとするものも明示されています

 

 『ネクラ少女』を取り上げたもう一つの理由についても触れておきましょう。実はこの作品は、えれっとが初めてライトノベルのイラストを担当した作品なのです。そして、その10年後に『ぼくたちのリメイク』で、同じMF文庫Jで再び読者の前に現れたという訳です。

現在の日本社会とライトノベル

 ようやく『ぼくたちのリメイク』に話が戻ってきました。改めてこの作品のポイントを整理してみます。この作品では、主人公である橋場恭也の「変わりたい」という願望がタイムスリップという形で手の届くところに転がり込みます。しかし、過去に戻ったからといって、人は本当に変わることが出来るのでしょうか。結局のところ重要なのは、自らの意思であるということに気付きます。

「いや、できる」

「できるんだよ!!!」

「できるんだ。僕を信じて。貫之や、ナナコや、シノアキががんばってくれたこと、絶対に活かしてみせるから」[木緒2017、pp.248-49]

そうです。この作品は、願望と意思をめぐる登場人物の葛藤を「タイムスリップ」が関わる形でストーリーが展開するのです。恐らく、2巻以降では、この「タイムスリップ」に何らかの落とし穴が設定されることでしょう。

 なお、『ネクラ少女』と『ぼくたちのリメイク』の違いの重要な点は、舞台設定がより強固にストーリーと結びついている点です。前者における演劇部に対して、後者における芸術大学でクリエイターを目指すという目的志向性の強さは、青春群像劇として決定的に重要な意味を持ちます。そういう意味では、『ぼくたちのリメイク』は、木緒なちの尊敬する丸戸史明冴えない彼女の育てかた(こちらの作品は、クリエイターの自己言及という性格が強く、むしろライトノベルを描くライトノベルものに近い内容を持っています)よりも、岩田洋季花×華』全8巻(電撃文庫、2010~13年)を想起させます。

  他の作品との関係で言えば、大学生活を描くライトノベルは、中高生をターゲットとするライトノベルの性格上、珍しいものです。ヒット作としては、竹宮ゆゆこ『ゴールデンタイム』全11巻(電撃文庫、2010~14年)や松智洋『パパの言うことを聞きなさい!』(全18巻+1巻、集英社スーパーダッシュ文庫、2009年12月~16年7月)でしょうか。前者は目的志向性の弱さを自分探しという形で描いた秀作、後者はむしろ「家族もの」の代表作です。(「家族もの」については以前書いた、短編小説賞と「家族」問題 ― 五十嵐雄策『幸せ二世帯同居計画』 - 現代軽文学評論 を参照してください。)

 

 他方で、『ぼくたちのリメイク』は現在のライトノベルが抱える弱点にも直面しています。そもそも、ライトノベルが想定する中心的な読者層である中高生にとって、果たして10年前とは想起するべき内容をもっているのか、という疑問です。帯でちゅるやさんが「みんなは十年前のことを覚えているかい?」と問いかけるとき、中高生はちゅるやさんのことを知っているのでしょうか。

 より直接的な言い方をすれば、『ぼくたちのリメイク』はライトノベル高齢化した読者層に焦点を当てているのではないか、という印象を受けるのです。確かに、現在の読者層の高齢化を踏まえると、まず20~30代に買ってもらい、その後話題となることでより広い層に買ってもらうというマーケティング戦略はあり得るでしょう。しかし、そのような態度は、果たしてよいのかとも考えてしまいます(高齢化した読者の一人がそんなことを言うのも、正直どうかとは思いますけれども)。本作がどのように成長してゆくかが、この問いへの答えを用意してくれるかもしれません。続刊を心待ちにしています。

 

【参考文献】

・『このライトノベルがすごい!2007』(宝島社、2006年)

・各レーベル折込み広告

(2017年4月25日 一部修正)

ネクラ少女は黒魔法で恋をする (MF文庫J)

ネクラ少女は黒魔法で恋をする (MF文庫J)

 

 

劇場版が原点を再発見させる ― 川原礫『ソードアート・オンライン』

 こんにちは。最近、話題になっている劇場版『ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』を観てきました。劇場に足を運ぶ価値のある、良作だったと思います。

今回の劇場版は、原作者の川原礫が脚本を担当し、音楽の梶浦由記も実に良くて盛り上がりました。週末ということもあり、映画館はかなり席が埋まっていたようです。

 

 今回は、『ソードアート・オンライン』(SAO)シリーズについて、劇場版を通して原作について考えてみたいと思います。先に結論を述べておくと、劇場版のテーマは、このシリーズの第1部に当たる「アイングラッド編」のストーリーとテーマを内容面で引き継いでいると言えるでしょう。

 映画自体は現在も公開中ですから、出来る限りネタバレを避けて、「アインクラッド編」の設定、ストーリ、テーマについて論じてみます。

SAOアインクラッド編の基本的な設定

 私が最初にSAOに出会ったのは、たまたまアニメの放送を観たからでした。アニメ第1期序盤の地味なところだったので、話がよく分からなくて、ネットでちょっと調べてみたわけです。どうやら、主人公たちがサイバー空間に閉じ込められて、そこから脱出するために生死をかけて戦うという話らしいということが分かります。その時は、「これって何番煎じ?」と思いました。

 けれども、近所の書店で立ち読みを始めたら、たちまち惹きこまれて、レジに第1巻を持って行くことになりました。では、一体何が凄いのか。最初に物語世界の基本的な設定を見てゆくことにします。

 

 そもそも、サイバー空間(もっと古い言い方だと、電脳空間)に閉じ込められる話って、よく聞く設定です。代表的な作品だと、アニメ『.hack//SIGN』(ビィートレイン制作、真下耕一監督、2002年)がありますし、最近だと橙乃ままれログ・ホライズン』(2010年~)とかがそれに当たります。

 サイバー犯罪ものに至っては、もはや数え切れません。有名どころを挙げるなら、マンガなら士郎正宗攻殻機動隊』(講談社、1991年)、アニメなら『コレクター・ユイ』(日本アニメーション制作、ムトウユージ監督、1999-2000年)や『電脳コイル』(マッドハウス制作、磯光雄監督、2007年)、あるいは『サマーウォーズ』(マッドハウス制作、細田守監督、2009年)があります。

 さらに付け加えるなら、生死を賭けたデス・ゲームという話も、宇野常寛が『ゼロ年代の想像力』で指摘するような、「決断主義的」な「バトルロワイヤル系」を彷彿とさせます。「何でそんな作品が話題になっているだろうか?」と正直思いました。

 

 こうした基本的な設定が二番煎じであることは、作者は百も承知のことだと思います。その上で、作者は独自のバーチャル・リアリティー(VR)世界を作りあげています。単なるファンタジー系のロールプレイング・ゲームRPG)にとどまらず、多数の参加者が同時に同じゲーム場面をプレイするというMMO型のゲームとして設定され、多くのプレーヤーがゲーム内でさまざまなコミュニティを作り、さらにそれらが相互に交流する疑似的な社会を想定しているのです。

 その結果、SAOというゲームでは、たとえ仮想空間であっても一つの社会が存在し、プレイヤーはそこに閉じ込められることで、日常的な社会生活を送ることになるのです。これこそが、SAO「アイングラッド編」における基本設定であり、そこにストーリーとテーマが重なることで作者のオリジナリティが現われてきます。

王道をゆくストーリー展開

 次にストーリーについてです。「アインクラッド編」――なかでも原作第1巻は、ライトノベルの王道を行くストーリー展開です。主人公のキリトは、アニメ版だと「俺TUEEEE」的なキャラに見えますが、原作第1巻はむしろ、有能だけれども内気で孤独な単独行動のソロプレーヤーだったキリトが、ヒロインのアスナと出会うことで精神的な強さを得てゆく話として読むことができます。

 

 なぜアニメ版と原作第1巻でこうも印象が異なるかというと、アニメ版が話の組み換えを行っていて、原作第2巻および第8巻などのエピソードを先に入れているからです。そのため、主人公キリトの活躍が積み重ねられることでストーリーが進行してゆく形になり、英雄的な主人公像が強調されてしまうのです。

 その結果、それまであまり関わることのなかったキリトとアスナが関係を深めてゆくというのが第1巻のストーリーであったはずが、それ以前の時系列でもキリトとアスナが交流を持っていることになってしまい、原作第1巻の役割が見えにくくなってしまいます。この問題は、作者自身も自覚しているようで、第8巻および外伝シリーズである『ソードアート・オンラインプログレッシブ』第1巻の「あとがき」でエピソード上の矛盾について触れています。

一巻から(またはWeb版から)お付き合い頂いている読者さまはご存知のことと思いますが、このSAOというお話は、デスゲーム《ソードアート・オンライン》が開始されて二年後、クリアされるまでの約三週間の出来事がいちばん最初に書かれました(第1巻のこと:筆者注)。その後、過去のエピソードを補完する形で二巻収録の短編四本を書いた(以下略)[8巻あとがき:414頁]

 こうした作者の言明が示すように、原作第1巻はそれ以外のエピソードと切り離して読むことが可能であり、そのように読むことで、主人公であるキリトが精神的な強さを獲得してゆくことがストーリーの推進力となっていることを確認することができます。そしてまた、主人公の精神的な強さを高く評価している登場人物こそ、SAOの開発者である茅場晶彦であるということは、この作品に親しんでいる方ならよく分かることと思います。

反復されるテーマ:生と死の狭間で日常を生きること

 SAOというゲームは、ゲーム上の死が肉体上の死に繋がる、文字通りの命懸けのデス・ゲームです。プレイヤーは皆、生と死の狭間でもがき苦しみます。第1巻では、キリトとアスナは関係を深めるなかで、仮想現実のなかの日常の意味を互いに問い直してゆきます。

 最も象徴的なのが、第22層でニシダという中年男性と2人が出会うエピソードです[第1巻18節以下]。たとえ仮想現実であっても、積み重ねた時間は本物だとアスナは語ります。キリトもまた、内気で孤独な生き方をやめてアスナとともに歩むことを誓います。

 

 第1巻を補完する4つのエピソードが収められた第2巻もまた、こうしたテーマを反復します。1番目のエピソード「黒の剣士」に登場するシリカと、2番目のエピソード「心の温度」に登場するリズベットはキリトによって助けられ救われます。それに対して、3番目のエピソード「朝露の少女」に登場するユイと、4番目のエピソード「赤鼻のトナカイ」に登場するサチは、キリトは救うことが出来ません(ユイは第3巻で救済されるのですけれども)。この救われた/救えなかったの対比は、残酷かつ鮮やかであり、これを描き切った作者の力量の高さを示します。

 第2巻でキリトが関わった4人の女の子は、いずれも実力的にも役割的にもサポート役です。(特殊な例であるユイを除いて、)彼女たちが実力のある上級プレイヤー(攻略組)に対して憧れとともに屈折した思いを抱いていることは見逃せません。ニシダのエピソードを含めて、必ずしも強くない、しかし日常を生きるプレイヤーが登場しているのです。

 以上を踏まえると分かることは、本来、原作第2巻の構成上の意義は、キリトという英雄的なプレイヤーに光を当てたところにではなく、疑似的な社会であるSAOというゲームの中の相対的に弱いプレイヤーに光を当てたところに存在すると思います。

アイングラッド編を内容面で引き継いだ劇場版

 以上に述べてきた、ストーリーにおける精神的な強さの獲得と、テーマにおける生と死の狭間のなかで日常を生きることは、『ソードアート・オンライン』のシリーズ全体を通じて繰り返されます。しかし、実際には第2部「フェアリィ・ダンス編」以降は別のストーリー展開も加わり、この点が時に見えにくくなります。この後に付け加わった要素はまた、ストーリーをさらに重厚にしてゆくのですが、この点は別の機会に論じることにしましょう。

 これに対して、今回の劇場版は約2時間という制約のなかで、後につけ加わった要素をあえて切り捨てて原点回帰を行い、上に見たストーリー展開をテーマを強調する内容としました。それゆえ、劇場版は「アインクラッド編」を引き継いだ作品であると評価することができるのです。

 

 劇場版では、これまでのような仮想現実(VR)でなく拡張現実(AR)を基本設定として扱っていて、そのために「アインクラッド編」とはまったく異なる設定であるように見えます。しかし、ストーリーを追ってみると、VR世界に馴染んだキリトはAR世界では弱い存在に過ぎず、物語の前半では彼の弱さがことあるごとに繰り返され、後半では精神面での強さの獲得に再び立ち上がります。

 劇場版のゲスト人物のうち2人が元SAOプレイヤーであり、2人とも生と死の狭間の日常を生きた人でした。一人は死への恐怖について、もう一人は音楽について。これ以上はネタバレになるので言及を控えますが、名も無きプレイヤーへの眼差しは、第2部以降では薄まってゆく視点であり、劇場版が取り上げた意義は極めて大きいものと思います。

 今回の劇場版は、最初に述べたように、原作者の川原礫が脚本を担当しています。劇場版が原点回帰をあえて行うことができたのは、作者の優れた力量なしには考えられません。劇場版『ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』は、『ソードアート・オンライン』の本来のストーリーとテーマを再発見させてくれる興味深い作品なのです。

 

【参考文献】

宇野常寛ゼロ年代の想像力』(早川書房・ハヤカワ文庫JA1047、2008/11年)

川原礫ソードアート・オンライン1 アインクラッド』(電撃文庫1746、2009年)

・同『ソードアート・オンライン2 アインクラッド』(電撃文庫1804、2009年)

・同『ソードアート・オンライン8 アーリー・アンド・レイト』(電撃文庫2170、2011年)

 

(2017年2月28日 加筆修正)

ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

 
ソードアート・オンライン (2) アインクラッド (電撃文庫)
 

「異世界」とはどのような世界なのか ― 豊田巧『異世界横断鉄道ルート66』

 お久しぶりです。新しい記事をようやく書き上げました。今回は、いま流行りの「異世界もの」について考えてみたいと思います。

 

 皆さんもご存知のように、2010年代に入ってから異世界を舞台とするファンタジー作品が再び多く出るようになりました。2ちゃんねるの「魔王勇者」を嚆矢とするウェブ上の創作ブームが反映されたこと、川原礫ソードアート・オンライン』シリーズ(電撃文庫、2010年~)のような新たな作品が注目を浴びるようになったことが指摘できるでしょう。しかし、2014年頃から「異世界転生もの」が極端に増加し、俗に「俺TUEEE」主人公のチートやハーレムの作品が目立つようになったとも言われています。

 ファンタジーやSFなどのような、現代世界とは異なる世界を描く作品は、何といっても「異世界」をどのように描くかでその魅力が決まります。練り込まれた「異世界」がキャラクターの言動やストーリーの展開と深く結びつくとき、本当に面白い「異世界もの」が生まれると言っても過言ではないでしょう。

 さて、今回は最近出た「異世界もの」のなかで、とても唸らされた世界設定を持つ作品を取り上げたいと思います。それは、豊田巧『異世界横断鉄道ルート66』(富士見ファンタジア文庫2523、2016年12月発売)です。

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異世界横断鉄道ルート66 | 富士見書房

豊田巧富士見ファンタジア文庫に登場!

 豊田巧といえば、ゲーム会社の広告宣伝マンとして『電車でGO!』や『サイキックフォース』を担当し、2009年に退社後は小惑星探査機はやぶさの解説文を書くなど宇宙技術分野で文筆業を始めていました。また、鉄道マニアとしても知られ、2011年からは『電車で行こう!』シリーズ(集英社みらい文庫、累計40万部以上)、12年からは『RAIL WARS! ―日本國有鉄道公安隊』シリーズ(創芸社クリア文庫、累計80万部以上)で小説家として立て続けにヒットを飛ばしている人物です。

 特にアニメ化された『RAIL WARS!』は秀作です。年配の方はよく知っていると思いますが、現在のJR各社はかつて日本国有鉄道国鉄)という形で運営されていました。国鉄は分割民営化によって1987年にJR各社になるわけですが、「もし民営化されていなければ」という世界がこの作品の基本設定です。この世界では、國鉄(なぜか「国」だけ旧字体)維持派と民営化支持派が政治的に対立しており、分割民営化を暴力的に実現しようとする過激派組織「RJ」も存在します。

 「RJ」がJRのもじりなのは誰もが分かることですが、残念なことに、アニメではこの組織がストーリーから削られていました。現実に存在する大会社への配慮なのか、はたまた企画上の都合なのかは知りませんが、世界設定に深く根差したストーリーを推進する勢力が消えてしまったことは色々と問題があったように思います。(邪推するなら、アニメ製作時の原作者と製作サイドの対立や、ゲーム化の中止もこうしたことが関連しているのかもしれません。あくまで筆者の憶測なのですが。)

 

 このように、これまで豊田巧は主に現代世界を扱っていたわけですが、ライトノベルの老舗レーベル・富士見ファンタジア文庫から出た今作『異世界横断鉄道ルート66』は「異世界もの」です。作者が得意としてきた鉄道もの+流行の異世界もの――というのが今作の特徴と言えます。それだけに、今作の世界設定には著者の意気込みを感じさせるものとなっているのです。

海洋と大陸が逆転している世界

 学校で習ったように、現実の地球は3割の陸地と7割の海洋で形づくられています。これに対して、『異世界横断鉄道ルート66』の世界設定は非常に明快です。つまり、陸地が7割で海洋が3割ということ。例えば、現実の九州島は「九州海(湖)」に、東シナ海は「東シナ平原」となります。この異世界で最も高い場所は、現実のマリアナ海溝(約10,000メートル)で、最も深い場所は現実のヒマラヤ山脈(約8,000メートル)という訳ですね。

 こうした世界では、いま私たちが抱いている常識はすっかり揺れ動いてしまいます。著者が「あとがき」で名言しているように、海洋が圧倒的に多い現実世界では海が交通の主役なのに対して、この異世界で人々が移動しようと思えば陸地を通らざるを得ません。そして、産業化を果たした世界において最も大規模な輸送手段こそ鉄道に外なりません。そう、この異世界では、鉄道が人々の主要な移動手段なのです。

 

 このような発想は、SFの世界では決して珍しくありません。金星や火星に海洋がなく、陸地に覆われた世界であるため、こうした特別な条件下では生物はどのように進化するのか、どのような文明が形づくられるか、等々の思考実験が行われてきました。また、地球科学の一般的な知識から言っても、陸地が7割で海洋が3割の世界は、プレートテクトニクスや気象・気候のあり方がまったく異なった世界であることは容易に想像できます。

 ただ、今作の成り立ちを考えるときにきわめて興味深いのは、こうした世界設定がSF的発想に基づくものではなく、鉄道が人々の主要な移動手段として異世界に存在するためにはどのような条件が必要か、という発想から生まれたということです[豊田、あとがき p.295]。つまり、現実の北アメリカ大陸の大陸横断鉄道が、大陸という地理的条件によって生まれたという事実が、この異世界に反映されているわけです。

 

 「異世界もの」は多くの場合、ヨーロッパ中世がモデルとなっており、産業革命以前の剣と魔法の世界です。これに対し、本作は中世と産業革命のあいだの時代――歴史学ではしばしば「近世」と呼ばれる――を設定します。そして、その時期の冶金技術でも可能な鉄道として「無火機関車(fireless locomotive)」という圧縮空気によって動く機関車を登場させるのです。(ただし、メタンハイドレートによる圧縮空気という設定は、第一にあまりに危険すぎる、第二にメタンハイドレートは海洋がなければ大量に生成されないという問題点があるのですれども。)

 鉄道が敷かれる世界とはいえ、近世社会の基本的な特徴も抑えています。中国の明・清帝国オスマン帝国はやや違うのですが、ヨーロッパやアメリカや日本などの17-18世紀社会はきわめて分権的で、地域の自立性が高い社会です。その後、産業革命によってヒト・モノ・カネの流通が活発化することで国家が再編されて中央集権的な近代社会になってゆくのです。ところが、『異世界横断鉄道ルート66』の世界はまだ地域の自立性が高いので、鉄道施設は地域の有力者がめいめい作っており、列車は通行料を払って通してもらうという形をとっています。異世界だからこそ、鉄道のありかたも特殊な発展を遂げているのですね。

 

 以上、『異世界横断鉄道ルート66』の世界設定を説明してきました。結論的に言えば、本作の世界設定は「鉄道が異世界に存在するとはどういうことか」という思考実験の上に成り立っています。そこにはSF的発想から見れば甘い点は多々あるものの、ヨーロッパ中世をモデルとし、産業革命以前の剣と魔法の世界という、既存のファンタジー的世界観にただ乗りすることを拒絶する、作者の明瞭な立場性を窺うことができるのです。ここに本作の最大の魅力があると言ってもよいと思います。

世界設定とキャラクター・ストーリーとの関係

 冒頭に書いたように、練り込まれた「異世界」がキャラクターの言動やストーリーの展開と深く結びつくとき、本当に面白い「異世界もの」が生まれます。しかし、『異世界横断鉄道ルート66』は興味深い思考実験のうえに世界設定が作られているものの、キャラクターやストーリーとの関係が出来あがっているとはお世辞にも言えません。

(a)キャラクターについて

 主人公・ケントは厳しい修業を課す父のもとを離れようとして旅に出ます。しかし、明確な目的地はありません。彼は最初に出会ったヒロイン・クレアのことを守ると誓うのですが、その動機がどうも弱く分かりにくい印象です。また、ケントが家から持ちだした笛の形をした武器(魔笛?)や彼の異常な身体能力は、主人公の過去と関係があることとはいえ、1巻の時点ではその理由は示されていません。

 最初に出てくるヒロインであるクレアも印象が弱いです。彼女は巨大鉄道企業B・I・Rの社長令嬢ですが、会社をめぐる対立に巻き込まれて殺人犯の濡れ衣を着せられて逃げています。しかし、彼女の活躍する場面がとになくありません。この異世界の鉄道についての解説者というのがせいぜいです。

 1番目のヒロインとは対照的に、2番目に出てくるヒロインのラウラの方が読者に強いインパクトを与えます。彼女はショットガン使いの賞金稼ぎなのですが、跳ねっかえりで、事あるごとに銃を乱射する「災いのラウラ」なのです。主人公につっかかったり文句を言ったりして主人公に立ちはだかり、彼女との関係のなかでストーリーは進んでゆきます。ぶっちゃけて言えば、『RAIL WARS!』の桜井あおいを彷彿とさせるキャラクターなのです。

 (b)ストーリーについて

 ストーリーの基本軸は、(1)主人公・ケントが厳しい親から逃げる形で旅を始める。(2)第一のヒロインであるクレアと出会って信頼関係を築き、彼女と行動を共にする。(3)第二のヒロインであるラウラが二人に立ちはだかるも協力関係を築き、三人で行動を共にする……と展開します。こうしたストーリー展開で重要なのが、主人公とヒロインの関係性ですが、さきほど指摘したように(2)においてケントとラウラの信頼関係づくりの部分が説得力を持たないと、ストーリーそのものに説得力が無くなってしまいます。

 ストーリーの推進軸は、ラウラを追って捕まえようとする謎の勢力とのたたかいです。しかし、この構造は悪く言えば巻き込まれタイプであり、事態が進む主導権は常に敵側にあることになります。特に、主人公はラウラを守るという以外に敵側とたたかう理由がなく、主人公の動機の弱さゆえに主人公は物語を推進する力を持っていません。あくまでケントは、自らの特殊能力でたたかうだけなのです。

 

 キャラクターとストーリーの関係で言えば、『RAIL WARS!』の方がずっと明快です。こちらの主人公である高山直人は鉄道が大好きだから國鉄とお客様を守りたい、ヒロインの桜井あおいは銃をぶっ放して凶悪犯を捕まえたい、というキャラクターがはっきりしていて、これに従ってストーリーが展開し、敵であるRJと対峙します。キャラクターとストーリー(さらに世界設定)が深い関係で結ばれていて、物語を力強く前に進めているのです。

 (c)世界設定とアメリカの精神

 『異世界横断鉄道ルート66』の終盤では、いよいよ敵の正体が明らかになってきます。それは「コントロール・レールローダー(control railroader)」と呼ばれる秘密組織です。この秘密組織は、自由だけれども危険に満ち溢れた大陸横断鉄道を、統一された組織にして管理された正確で安全な鉄道にしようと考えるグループだと言います[豊田、chap.6, pp.230-31]。恐らくですが、この世界で最大の列車運行会社であるB・I・Rの経営方針をめぐる対立が、ヒロインのラウラに身の危険を及ぼしたのでしょう。

 現実の世界では、鉄道路線は特定の会社に管理され、時刻表通りの運行や安全基準に即した車両や線路の整備・点検が行われています。これは資本主義的な近代社会のあり様に外なりません。これに対し、この異世界は、資本主義の論理が社会のすべてを覆っていない産業革命以前の社会です。だから主人公たちは、たとえ危険に溢れていても原初的な自由を持っている「異世界横断鉄道」を愛するのです。

 

 この原初的な自由を愛する精神は、アメリカの精神であることは今作のタイトルを見れば明らかです。「ルート66」とは、20世紀のアメリカ合衆国で高速道路(フリーウェイ)が整備される前に中東部のシカゴと西部のサンタモニカを結んでいた国道66号線を指します。かつてこのルートは、大陸横断鉄道の一つであるアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道が1882年に開通させたルートとも重なっていて、アメリカの「古き良き時代(the good old days)」の象徴とも言えます。コルベットやキャデラックが若者を乗せて無限の荒野を走る映像は、アメリカ文化の重要な心象風景です。最近ではディズニーのアニメ映画『カーズ』(2006年)がそんな世界を描きました。

 主人公たちが物語の中盤で立ち寄る町・カデナは、東シナ大陸に取り残されたさびれた町です。かつてメタンハイドレートの鉱山で栄えた町は、アメリカの西部開拓時代のゴールドラッシュの町のように、鉱脈が尽きるとともに静かに滅びようとしています。小説の中で描かれる風景は、西部劇の荒野の町そのものです。カデナの町を出る直前のシーンで、この町がオキナワ湖のほとりにあることが示されます[豊田、chap.6, p.191]。そう、カデナとは極東最大のアメリカ空軍基地のある「嘉手納」だったのです。ここにもアメリカが姿を現わすのです。

世界設定とキャラクターやストーリーとをどのように取り結ぶのか

 さて、主人公たちの原初的な自由を愛する精神に対立するのが、「コントロール・レールローダー」の近代的な精神です。トーリーの推進軸がこの組織の側にあることは意味深長です。新時代が旧時代を駆逐してゆくように、主人公たちの精神は敵側の近代的な精神に駆逐されてゆくのでしょうか。歴史における「進歩」とは、この異世界では敵側にあるのでしょうか。

 私はそうは思いません。確かに「コントロール・レールローダー」は近代的な精神の担い手です。しかし、額に汗水たらして働き日々を生きる名もなき人々は、旧時代の精神のうえに新時代の精神を自らの形で受入れ、これを読みかえることで、苦しみに満ちた近代社会を乗りこえてさらなる新時代を切り開くからです。

 本作の時点で、主人公たちは旧時代の精神の持ち主に過ぎませんが、続刊で彼らの成長が見られるとしたら、主人公たちの中にある旧時代の精神を捨て去ることなく更新することで、「コントロール・レールローダー」と本当に対峙することができるでしょう。その時に、世界設定とキャラクターとストーリーが噛み合い、強力に物語が進むのではないでしょうか。

 

 『異世界横断鉄道ルート66』は、1冊目が刊行された時点では、世界設定とキャラクターやストーリーがうまく取り結ばれてない作品です。あまり評判になっているとも聞きません。しかし、改めて書きますが、この作品の最大の魅力は「鉄道が異世界に存在するとはどういうことか」という思考実験にもとづく世界設定にあります。鉄道の描写なんて、鉄道マニアにしか書けないくらいマニアックで、にやりとしながら読み進めてしまいます。今後の展開次第では、本作の魅力である世界設定とキャラクターやストーリーが噛み合い、重厚かつマニアックな「異世界もの」が展開するかもしれません。そんなことを感じさせる、不思議な作品でした。

 

(2017年2月26日 一部修正)

異世界横断鉄道ルート66 (ファンタジア文庫)

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RAIL WARS!―日本國有鉄道公安隊 (創芸社クリア文庫)

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