現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

劇場版が原点を再発見させる ― 川原礫『ソードアート・オンライン』

 こんにちは。最近、話題になっている劇場版『ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』を観てきました。劇場に足を運ぶ価値のある、良作だったと思います。

今回の劇場版は、原作者の川原礫が脚本を担当し、音楽の梶浦由記も実に良くて盛り上がりました。週末ということもあり、映画館はかなり席が埋まっていたようです。

 

 今回は、『ソードアート・オンライン』(SAO)シリーズについて、劇場版を通して原作について考えてみたいと思います。先に結論を述べておくと、劇場版のテーマは、このシリーズの第1部に当たる「アイングラッド編」のストーリーとテーマを内容面で引き継いでいると言えるでしょう。

 映画自体は現在も公開中ですから、出来る限りネタバレを避けて、「アインクラッド編」の設定、ストーリ、テーマについて論じてみます。

SAOアインクラッド編の基本的な設定

 私が最初にSAOに出会ったのは、たまたまアニメの放送を観たからでした。アニメ第1期序盤の地味なところだったので、話がよく分からなくて、ネットでちょっと調べてみたわけです。どうやら、主人公たちがサイバー空間に閉じ込められて、そこから脱出するために生死をかけて戦うという話らしいということが分かります。その時は、「これって何番煎じ?」と思いました。

 けれども、近所の書店で立ち読みを始めたら、たちまち惹きこまれて、レジに第1巻を持って行くことになりました。では、一体何が凄いのか。最初に物語世界の基本的な設定を見てゆくことにします。

 

 そもそも、サイバー空間(もっと古い言い方だと、電脳空間)に閉じ込められる話って、よく聞く設定です。代表的な作品だと、アニメ『.hack//SIGN』(ビィートレイン制作、真下耕一監督、2002年)がありますし、最近だと橙乃ままれログ・ホライズン』(2010年~)とかがそれに当たります。

 サイバー犯罪ものに至っては、もはや数え切れません。有名どころを挙げるなら、マンガなら士郎正宗攻殻機動隊』(講談社、1991年)、アニメなら『コレクター・ユイ』(日本アニメーション制作、ムトウユージ監督、1999-2000年)や『電脳コイル』(マッドハウス制作、磯光雄監督、2007年)、あるいは『サマーウォーズ』(マッドハウス制作、細田守監督、2009年)があります。

 さらに付け加えるなら、生死を賭けたデス・ゲームという話も、宇野常寛が『ゼロ年代の想像力』で指摘するような、「決断主義的」な「バトルロワイヤル系」を彷彿とさせます。「何でそんな作品が話題になっているだろうか?」と正直思いました。

 

 こうした基本的な設定が二番煎じであることは、作者は百も承知のことだと思います。その上で、作者は独自のバーチャル・リアリティー(VR)世界を作りあげています。単なるファンタジー系のロールプレイング・ゲームRPG)にとどまらず、多数の参加者が同時に同じゲーム場面をプレイするというMMO型のゲームとして設定され、多くのプレーヤーがゲーム内でさまざまなコミュニティを作り、さらにそれらが相互に交流する疑似的な社会を想定しているのです。

 その結果、SAOというゲームでは、たとえ仮想空間であっても一つの社会が存在し、プレイヤーはそこに閉じ込められることで、日常的な社会生活を送ることになるのです。これこそが、SAO「アイングラッド編」における基本設定であり、そこにストーリーとテーマが重なることで作者のオリジナリティが現われてきます。

王道をゆくストーリー展開

 次にストーリーについてです。「アインクラッド編」――なかでも原作第1巻は、ライトノベルの王道を行くストーリー展開です。主人公のキリトは、アニメ版だと「俺TUEEEE」的なキャラに見えますが、原作第1巻はむしろ、有能だけれども内気で孤独な単独行動のソロプレーヤーだったキリトが、ヒロインのアスナと出会うことで精神的な強さを得てゆく話として読むことができます。

 

 なぜアニメ版と原作第1巻でこうも印象が異なるかというと、アニメ版が話の組み換えを行っていて、原作第2巻および第8巻などのエピソードを先に入れているからです。そのため、主人公キリトの活躍が積み重ねられることでストーリーが進行してゆく形になり、英雄的な主人公像が強調されてしまうのです。

 その結果、それまであまり関わることのなかったキリトとアスナが関係を深めてゆくというのが第1巻のストーリーであったはずが、それ以前の時系列でもキリトとアスナが交流を持っていることになってしまい、原作第1巻の役割が見えにくくなってしまいます。この問題は、作者自身も自覚しているようで、第8巻および外伝シリーズである『ソードアート・オンラインプログレッシブ』第1巻の「あとがき」でエピソード上の矛盾について触れています。

一巻から(またはWeb版から)お付き合い頂いている読者さまはご存知のことと思いますが、このSAOというお話は、デスゲーム《ソードアート・オンライン》が開始されて二年後、クリアされるまでの約三週間の出来事がいちばん最初に書かれました(第1巻のこと:筆者注)。その後、過去のエピソードを補完する形で二巻収録の短編四本を書いた(以下略)[8巻あとがき:414頁]

 こうした作者の言明が示すように、原作第1巻はそれ以外のエピソードと切り離して読むことが可能であり、そのように読むことで、主人公であるキリトが精神的な強さを獲得してゆくことがストーリーの推進力となっていることを確認することができます。そしてまた、主人公の精神的な強さを高く評価している登場人物こそ、SAOの開発者である茅場晶彦であるということは、この作品に親しんでいる方ならよく分かることと思います。

反復されるテーマ:生と死の狭間で日常を生きること

 SAOというゲームは、ゲーム上の死が肉体上の死に繋がる、文字通りの命懸けのデス・ゲームです。プレイヤーは皆、生と死の狭間でもがき苦しみます。第1巻では、キリトとアスナは関係を深めるなかで、仮想現実のなかの日常の意味を互いに問い直してゆきます。

 最も象徴的なのが、第22層でニシダという中年男性と2人が出会うエピソードです[第1巻18節以下]。たとえ仮想現実であっても、積み重ねた時間は本物だとアスナは語ります。キリトもまた、内気で孤独な生き方をやめてアスナとともに歩むことを誓います。

 

 第1巻を補完する4つのエピソードが収められた第2巻もまた、こうしたテーマを反復します。1番目のエピソード「黒の剣士」に登場するシリカと、2番目のエピソード「心の温度」に登場するリズベットはキリトによって助けられ救われます。それに対して、3番目のエピソード「朝露の少女」に登場するユイと、4番目のエピソード「赤鼻のトナカイ」に登場するサチは、キリトは救うことが出来ません(ユイは第3巻で救済されるのですけれども)。この救われた/救えなかったの対比は、残酷かつ鮮やかであり、これを描き切った作者の力量の高さを示します。

 第2巻でキリトが関わった4人の女の子は、いずれも実力的にも役割的にもサポート役です。(特殊な例であるユイを除いて、)彼女たちが実力のある上級プレイヤー(攻略組)に対して憧れとともに屈折した思いを抱いていることは見逃せません。ニシダのエピソードを含めて、必ずしも強くない、しかし日常を生きるプレイヤーが登場しているのです。

 以上を踏まえると分かることは、本来、原作第2巻の構成上の意義は、キリトという英雄的なプレイヤーに光を当てたところにではなく、疑似的な社会であるSAOというゲームの中の相対的に弱いプレイヤーに光を当てたところに存在すると思います。

アイングラッド編を内容面で引き継いだ劇場版

 以上に述べてきた、ストーリーにおける精神的な強さの獲得と、テーマにおける生と死の狭間のなかで日常を生きることは、『ソードアート・オンライン』のシリーズ全体を通じて繰り返されます。しかし、実際には第2部「フェアリィ・ダンス編」以降は別のストーリー展開も加わり、この点が時に見えにくくなります。この後に付け加わった要素はまた、ストーリーをさらに重厚にしてゆくのですが、この点は別の機会に論じることにしましょう。

 これに対して、今回の劇場版は約2時間という制約のなかで、後につけ加わった要素をあえて切り捨てて原点回帰を行い、上に見たストーリー展開をテーマを強調する内容としました。それゆえ、劇場版は「アインクラッド編」を引き継いだ作品であると評価することができるのです。

 

 劇場版では、これまでのような仮想現実(VR)でなく拡張現実(AR)を基本設定として扱っていて、そのために「アインクラッド編」とはまったく異なる設定であるように見えます。しかし、ストーリーを追ってみると、VR世界に馴染んだキリトはAR世界では弱い存在に過ぎず、物語の前半では彼の弱さがことあるごとに繰り返され、後半では精神面での強さの獲得に再び立ち上がります。

 劇場版のゲスト人物のうち2人が元SAOプレイヤーであり、2人とも生と死の狭間の日常を生きた人でした。一人は死への恐怖について、もう一人は音楽について。これ以上はネタバレになるので言及を控えますが、名も無きプレイヤーへの眼差しは、第2部以降では薄まってゆく視点であり、劇場版が取り上げた意義は極めて大きいものと思います。

 今回の劇場版は、最初に述べたように、原作者の川原礫が脚本を担当しています。劇場版が原点回帰をあえて行うことができたのは、作者の優れた力量なしには考えられません。劇場版『ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』は、『ソードアート・オンライン』の本来のストーリーとテーマを再発見させてくれる興味深い作品なのです。

 

【参考文献】

宇野常寛ゼロ年代の想像力』(早川書房・ハヤカワ文庫JA1047、2008/11年)

川原礫ソードアート・オンライン1 アインクラッド』(電撃文庫1746、2009年)

・同『ソードアート・オンライン2 アインクラッド』(電撃文庫1804、2009年)

・同『ソードアート・オンライン8 アーリー・アンド・レイト』(電撃文庫2170、2011年)

 

(2017年2月28日 加筆修正)

ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

 
ソードアート・オンライン (2) アインクラッド (電撃文庫)