現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

「異世界」とはどのような世界なのか ― 豊田巧『異世界横断鉄道ルート66』

 お久しぶりです。新しい記事をようやく書き上げました。今回は、いま流行りの「異世界もの」について考えてみたいと思います。

 

 皆さんもご存知のように、2010年代に入ってから異世界を舞台とするファンタジー作品が再び多く出るようになりました。2ちゃんねるの「魔王勇者」を嚆矢とするウェブ上の創作ブームが反映されたこと、川原礫ソードアート・オンライン』シリーズ(電撃文庫、2010年~)のような新たな作品が注目を浴びるようになったことが指摘できるでしょう。しかし、2014年頃から「異世界転生もの」が極端に増加し、俗に「俺TUEEE」主人公のチートやハーレムの作品が目立つようになったとも言われています。

 ファンタジーやSFなどのような、現代世界とは異なる世界を描く作品は、何といっても「異世界」をどのように描くかでその魅力が決まります。練り込まれた「異世界」がキャラクターの言動やストーリーの展開と深く結びつくとき、本当に面白い「異世界もの」が生まれると言っても過言ではないでしょう。

 さて、今回は最近出た「異世界もの」のなかで、とても唸らされた世界設定を持つ作品を取り上げたいと思います。それは、豊田巧異世界横断鉄道ルート66』(富士見ファンタジア文庫2523、2016年12月発売)です。

―目次―

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異世界横断鉄道ルート66 | 富士見書房

1.豊田巧富士見ファンタジア文庫に登場!

 豊田巧といえば、ゲーム会社の広告宣伝マンとして『電車でGO!』や『サイキックフォース』を担当し、2009年に退社後は小惑星探査機はやぶさの解説文を書くなど宇宙技術分野で文筆業を始めていました。また、鉄道マニアとしても知られ、2011年からは『電車で行こう!』シリーズ(集英社みらい文庫、累計40万部以上)、12年からは『RAIL WARS! ―日本國有鉄道公安隊』シリーズ(創芸社クリア文庫、累計80万部以上)で小説家として立て続けにヒットを飛ばしている人物です。

 特にアニメ化された『RAIL WARS!』は秀作です。年配の方はよく知っていると思いますが、現在のJR各社はかつて日本国有鉄道国鉄)という形で運営されていました。国鉄は分割民営化によって1987年にJR各社になるわけですが、「もし民営化されていなければ」という世界がこの作品の基本設定です。この世界では、國鉄(なぜか「国」だけ旧字体)維持派と民営化支持派が政治的に対立しており、分割民営化を暴力的に実現しようとする過激派組織「RJ」も存在します。

 「RJ」がJRのもじりなのは誰もが分かることですが、残念なことに、アニメではこの組織がストーリーから削られていました。現実に存在する大会社への配慮なのか、はたまた企画上の都合なのかは知りませんが、世界設定に深く根差したストーリーを推進する勢力が消えてしまったことは色々と問題があったように思います。(邪推するなら、アニメ製作時の原作者と製作サイドの対立や、ゲーム化の中止もこうしたことが関連しているのかもしれません。あくまで筆者の憶測なのですが。)

 

 このように、これまで豊田巧は主に現代世界を扱っていたわけですが、ライトノベルの老舗レーベル・富士見ファンタジア文庫から出た今作『異世界横断鉄道ルート66』は「異世界もの」です。作者が得意としてきた鉄道もの+流行の異世界もの――というのが今作の特徴と言えます。それだけに、今作の世界設定には著者の意気込みを感じさせるものとなっているのです。

 

2.海洋と大陸が逆転している世界

 学校で習ったように、現実の地球は3割の陸地と7割の海洋で形づくられています。これに対して、『異世界横断鉄道ルート66』の世界設定は非常に明快です。つまり、陸地が7割で海洋が3割ということ。例えば、現実の九州島は「九州海(湖)」に、東シナ海は「東シナ平原」となります。この異世界で最も高い場所は、現実のマリアナ海溝(約10,000メートル)で、最も深い場所は現実のヒマラヤ山脈(約8,000メートル)という訳ですね。

 こうした世界では、いま私たちが抱いている常識はすっかり揺れ動いてしまいます。著者が「あとがき」で名言しているように、海洋が圧倒的に多い現実世界では海が交通の主役なのに対して、この異世界で人々が移動しようと思えば陸地を通らざるを得ません。そして、産業化を果たした世界において最も大規模な輸送手段こそ鉄道に外なりません。そう、この異世界では、鉄道が人々の主要な移動手段なのです。

 

 このような発想は、SFの世界では決して珍しくありません。金星や火星に海洋がなく、陸地に覆われた世界であるため、こうした特別な条件下では生物はどのように進化するのか、どのような文明が形づくられるか、等々の思考実験が行われてきました。また、地球科学の一般的な知識から言っても、陸地が7割で海洋が3割の世界は、プレートテクトニクスや気象・気候のあり方がまったく異なった世界であることは容易に想像できます。

 ただ、今作の成り立ちを考えるときにきわめて興味深いのは、こうした世界設定がSF的発想に基づくものではなく、鉄道が人々の主要な移動手段として異世界に存在するためにはどのような条件が必要か、という発想から生まれたということです[豊田:あとがき 295ページ]。つまり、現実の北アメリカ大陸の大陸横断鉄道が、大陸という地理的条件によって生まれたという事実が、この異世界に反映されているわけです。

 

 「異世界もの」は多くの場合、ヨーロッパ中世がモデルとなっており、産業革命以前の剣と魔法の世界です。これに対し、本作は中世と産業革命のあいだの時代――歴史学ではしばしば「近世」と呼ばれる――を設定します。そして、その時期の冶金技術でも可能な鉄道として「無火機関車(fireless locomotive)」という圧縮空気によって動く機関車を登場させるのです。(ただし、メタンハイドレートによる圧縮空気という設定は、第一にあまりに危険すぎる、第二にメタンハイドレートは海洋がなければ大量に生成されないという問題点があるのですれども。)

 鉄道が敷かれる世界とはいえ、近世社会の基本的な特徴も抑えています。中国の明・清帝国オスマン帝国はやや違うのですが、ヨーロッパやアメリカや日本などの17-18世紀社会はきわめて分権的で、地域の自立性が高い社会です。その後、産業革命によってヒト・モノ・カネの流通が活発化することで国家が再編されて中央集権的な近代社会になってゆくのです。ところが、『異世界横断鉄道ルート66』の世界はまだ地域の自立性が高いので、鉄道施設は地域の有力者がめいめい作っており、列車は通行料を払って通してもらうという形をとっています。異世界だからこそ、鉄道のありかたも特殊な発展を遂げているのですね。

 

 以上、『異世界横断鉄道ルート66』の世界設定を説明してきました。結論的に言えば、本作の世界設定は「鉄道が異世界に存在するとはどういうことか」という思考実験の上に成り立っています。そこにはSF的発想から見れば甘い点は多々あるものの、ヨーロッパ中世をモデルとし、産業革命以前の剣と魔法の世界という、既存のファンタジー的世界観にただ乗りすることを拒絶する、作者の明瞭な立場性を窺うことができるのです。ここに本作の最大の魅力があると言ってもよいと思います。

 

3.世界設定とキャラクター・ストーリーとの関係

 冒頭に書いたように、練り込まれた「異世界」がキャラクターの言動やストーリーの展開と深く結びつくとき、本当に面白い「異世界もの」が生まれます。しかし、『異世界横断鉄道ルート66』は興味深い思考実験のうえに世界設定が作られているものの、キャラクターやストーリーとの関係が出来あがっているとはお世辞にも言えません。

(a)キャラクターについて

 主人公・ケントは厳しい修業を課す父のもとを離れようとして旅に出ます。しかし、明確な目的地はありません。彼は最初に出会ったヒロイン・クレアのことを守ると誓うのですが、その動機がどうも弱く分かりにくい印象です。また、ケントが家から持ちだした笛の形をした武器(魔笛?)や彼の異常な身体能力は、主人公の過去と関係があることとはいえ、1巻の時点ではその理由は示されていません。

 最初に出てくるヒロインであるクレアも印象が弱いです。彼女は巨大鉄道企業B・I・Rの社長令嬢ですが、会社をめぐる対立に巻き込まれて殺人犯の濡れ衣を着せられて逃げています。しかし、彼女の活躍する場面がとになくありません。この異世界の鉄道についての解説者というのがせいぜいです。

 1番目のヒロインとは対照的に、2番目に出てくるヒロインのラウラの方が読者に強いインパクトを与えます。彼女はショットガン使いの賞金稼ぎなのですが、跳ねっかえりで、事あるごとに銃を乱射する「災いのラウラ」なのです。主人公につっかかったり文句を言ったりして主人公に立ちはだかり、彼女との関係のなかでストーリーは進んでゆきます。ぶっちゃけて言えば、『RAIL WARS!』の桜井あおいを彷彿とさせるキャラクターなのです。

(b)ストーリーについて

 ストーリーの基本軸は、(1)主人公・ケントが厳しい親から逃げる形で旅を始める。(2)第一のヒロインであるクレアと出会って信頼関係を築き、彼女と行動を共にする。(3)第二のヒロインであるラウラが二人に立ちはだかるも協力関係を築き、三人で行動を共にする……と展開します。こうしたストーリー展開で重要なのが、主人公とヒロインの関係性ですが、さきほど指摘したように(2)においてケントとラウラの信頼関係づくりの部分が説得力を持たないと、ストーリーそのものに説得力が無くなってしまいます。

 ストーリーの推進軸は、ラウラを追って捕まえようとする謎の勢力とのたたかいです。しかし、この構造は悪く言えば巻き込まれタイプであり、事態が進む主導権は常に敵側にあることになります。特に、主人公はラウラを守るという以外に敵側とたたかう理由がなく、主人公の動機の弱さゆえに主人公は物語を推進する力を持っていません。あくまでケントは、自らの特殊能力でたたかうだけなのです。

 

 キャラクターとストーリーの関係で言えば、『RAIL WARS!』の方がずっと明快です。こちらの主人公である高山直人は鉄道が大好きだから國鉄とお客様を守りたい、ヒロインの桜井あおいは銃をぶっ放して凶悪犯を捕まえたい、というキャラクターがはっきりしていて、これに従ってストーリーが展開し、敵であるRJと対峙します。キャラクターとストーリー(さらに世界設定)が深い関係で結ばれていて、物語を力強く前に進めているのです。

(c)世界設定とアメリカの精神

 『異世界横断鉄道ルート66』の終盤では、いよいよ敵の正体が明らかになってきます。それは「コントロール・レールローダー(control railroader)」と呼ばれる秘密組織です。この秘密組織は、自由だけれども危険に満ち溢れた大陸横断鉄道を、統一された組織にして管理された正確で安全な鉄道にしようと考えるグループだと言います[豊田:第6章230-31ページ]。恐らくですが、この世界で最大の列車運行会社であるB・I・Rの経営方針をめぐる対立が、ヒロインのラウラに身の危険を及ぼしたのでしょう。

 現実の世界では、鉄道路線は特定の会社に管理され、時刻表通りの運行や安全基準に即した車両や線路の整備・点検が行われています。これは資本主義的な近代社会のあり様に外なりません。これに対し、この異世界は、資本主義の論理が社会のすべてを覆っていない産業革命以前の社会です。だから主人公たちは、たとえ危険に溢れていても原初的な自由を持っている「異世界横断鉄道」を愛するのです。

 

 この原初的な自由を愛する精神は、アメリカの精神であることは今作のタイトルを見れば明らかです。「ルート66」とは、20世紀のアメリカ合衆国で高速道路(フリーウェイ)が整備される前に中東部のシカゴと西部のサンタモニカを結んでいた国道66号線を指します。かつてこのルートは、大陸横断鉄道の一つであるアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道が1882年に開通させたルートとも重なっていて、アメリカの「古き良き時代(the good old days)」の象徴とも言えます。コルベットやキャデラックが若者を乗せて無限の荒野を走る映像は、アメリカ文化の重要な心象風景です。最近ではディズニーのアニメ映画『カーズ』(2006年)がそんな世界を描きました。

 主人公たちが物語の中盤で立ち寄る町・カデナは、東シナ大陸に取り残されたさびれた町です。かつてメタンハイドレートの鉱山で栄えた町は、アメリカの西部開拓時代のゴールドラッシュの町のように、鉱脈が尽きるとともに静かに滅びようとしています。小説の中で描かれる風景は、西部劇の荒野の町そのものです。カデナの町を出る直前のシーンで、この町がオキナワ湖のほとりにあることが示されます[豊田:第6章191ページ]。そう、カデナとは極東最大のアメリカ空軍基地のある「嘉手納」だったのです。ここにもアメリカが姿を現わすのです。

4.世界設定とキャラクターやストーリーとをどのように取り結ぶのか

 さて、主人公たちの原初的な自由を愛する精神に対立するのが、「コントロール・レールローダー」の近代的な精神です。ストーリーの推進軸がこの組織の側にあることは意味深長です。新時代が旧時代を駆逐してゆくように、主人公たちの精神は敵側の近代的な精神に駆逐されてゆくのでしょうか。歴史における「進歩」とは、この異世界では敵側にあるのでしょうか。

 私はそうは思いません。確かに「コントロール・レールローダー」は近代的な精神の担い手です。しかし、額に汗水たらして働き日々を生きる名もなき人々は、旧時代の精神のうえに新時代の精神を自らの形で受入れ、これを読みかえることで、苦しみに満ちた近代社会を乗りこえてさらなる新時代を切り開くからです。

 本作の時点で、主人公たちは旧時代の精神の持ち主に過ぎませんが、続刊で彼らの成長が見られるとしたら、主人公たちの中にある旧時代の精神を捨て去ることなく更新することで、「コントロール・レールローダー」と本当に対峙することができるでしょう。その時に、世界設定とキャラクターとストーリーが噛み合い、強力に物語が進むのではないでしょうか。

 

 『異世界横断鉄道ルート66』は、1冊目が刊行された時点では、世界設定とキャラクターやストーリーがうまく取り結ばれてない作品です。あまり評判になっているとも聞きません。しかし、改めて書きますが、この作品の最大の魅力は「鉄道が異世界に存在するとはどういうことか」という思考実験にもとづく世界設定にあります。鉄道の描写なんて、鉄道マニアにしか書けないくらいマニアックで、にやりとしながら読み進めてしまいます。今後の展開次第では、本作の魅力である世界設定とキャラクターやストーリーが噛み合い、重厚かつマニアックな「異世界もの」が展開するかもしれません。そんなことを感じさせる、不思議な作品でした。

 

(2017年2月26日 一部修正)

異世界横断鉄道ルート66 (ファンタジア文庫)

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RAIL WARS!―日本國有鉄道公安隊 (創芸社クリア文庫)

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