現代軽文学評論

ライトノベルのもう一つの読み方を考えます。

かくしてお祭り騒ぎは始まった ― 山中智省『『ドラゴンマガジン』創刊物語 狼煙を上げた先駆者たち』

 こんにちは。2~3月にかけて3回にわたって更新した『りゅうおうのおしごと!』についての記事が好評をいただき、先月から今月にかけてたくさんの方が記事を読んで下さったようです。ブログのアクセスも、9000PVを超えました。大変嬉しく思います。

 さて、本ブログでは、これまで話題の作品や名作を中心に紹介してきましたが、今回は少し毛色の異なる本を紹介しようと思います。この間、ライトノベル研究を精力的に進めている山中智省氏(例によって以下敬称略)が、先ごろ新しい著書を刊行しました。タイトルは『『ドラゴンマガジン』創刊物語 狼煙を上げた先駆者たち』(勉誠出版、2018年1月発売)。文芸・人文系の一般書や、文学研究や歴史学研究の専門書を取り扱っている勉誠出版から刊行されました。表紙イラストは、神坂一スレイヤーズ』シリーズのあらいずみるい

 今回は、富士見書房の刊行するドラゴンマガジン』の創刊をめぐる歴史について取り上げたこの本を書評しながら、現代日本のライトノベルの出発点について考えてみようと思います

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ライトノベル史入門 『ドラゴンマガジン』創刊物語 : 勉誠出版

1.著者のプロフィールとライトノベル研究の動向

 まず、著者である山中智省のプロフィールを確認しましょう。著者は1985年生まれで、横浜国立大学で日本近現代文学を学んで研究者になりました。かなり早い時期から、文化研究のアプローチでライトノベルについて研究をしてきた模様です。指導教員は日本の近代文学のなかの心霊イメージや催眠術、怪談を研究している一柳廣孝教授です。

 文学研究の世界は有名な作品や作家を研究するのがメインストリームで、日本近代文学では、いわゆる「自然主義文学」や「純文学」が重視される風潮が強いと聞きます。こうした風潮のなかで、軽視されがちな「大衆文学」すら通り越してライトノベルの研究を行っているわけです。オーソドックスな文学研究者と比べると、師匠ともども、どちらかと言えば毛色の変わった人物であると言えそうですね(褒め言葉)。

 

 山中が学生時代の2006年5月に、指導教員の一柳廣孝や、目白大学教授で少女小説の研究者の久米依子を中心としてライトノベル研究会が設立されました。この研究会は、『ライトノベル研究序説』(青弓社、2009年)、『ライトノベル・スタディーズ』(青弓社、2013年)を出版し、現在は文学・社会学民俗学から、情報工学建築学まで約40名のメンバーを擁するに至ります。そして、ここからライトノベル研究の新しい世代、1980年代生まれの山中智省や大橋崇行らが出てきました。彼らを中心に新たに『ライトノベル・フロントライン』(既刊3巻、青弓社、2015年~)が刊行されています。

創作と研究・批評とは、エンジンと燃料のようなものだ。/(中略)創作された作品は、それだけで作品として流通させることは難しい。作品や作家が何らかの形で「評価」されることで、その名前がより多くの読者にまで広がり、手に取ってもらえるようになる。[大橋2015:7ページ]

こうした言葉で始まる『ライトノベル・フロントライン』は、単なる作品紹介でなく、ライトノベルの歴史や社会的な可能性を踏まえて評価することを試みているブログを運営している者として、大いに共感させられました。

 

 山中智省のこれまでの研究の特徴は、ライトノベルをはじめとしたオタク向けコンテンツの言説を歴史的に分析して、文化研究カルチュラル・スタディーズ的な評価を行ってきたように私は思います。著書『ライトノベルよ、どこへいく 1980年代からゼロ年代まで』(青弓社、2010年)はその代表例で、「ライトノベル」という言葉がどのように生まれて流通してきたか、ゼロ年代においてライトノベルはどのように評価されてきたのかを論じています。つまり、ライトノベルを文化現象として取り扱うアプローチです。近年は、こうした研究手法を使うことで、出版史に関する研究業績も出しています(山中の研究業績については 山中 智省 - researchmap を参照)

 『月刊ドラゴンマガジン』の創刊を扱った『『ドラゴンマガジン』創刊物語』もまた、こうした著者の研究の延長線上にあります。それと同時に、ライトノベルの「内側の世界」、編集者・作家・読者といった当事者にスポットライトを当てた研究でもあります。この点は、本書の「あとがき」で述べられています[山中2018:231ページ]。この二つの側面が、本書の特徴と言えるのです。

2.『『ドラゴンマガジン』創刊物語』の構成と内容

(a) 本書の構成

 さて、『『ドラゴンマガジン』創刊物語』の内容を紹介してゆきましょう。全5章+「はじめに」+「おわりに」の7部構成で、前著に続いて巻末の資料編も豊富です。章立てを次に掲げましょう。

― 目次 ―

はじめに

第1章 『ドラゴンマガジン』創刊前後の状況

第2章 創刊を手がけた編集者たち

 コラム① 誌上に現れた二つのメディアミックス

第3章 創刊号の誌面を飾った作家たち

 コラム② 作家の共演が生み出した「イマジネーションの世界」

第4章 『ドラゴンマガジン』が育んできたもの

 コラム③ 読者・作家・編集者が交差する場

第5章 〝ビジュアル・エンターテインメント〟の誕生と展開

おわりに―そして「ライトノベル」へ

あとがき/参考文献一覧

過去の作品を知りたい・読みたい・入手したい人のための資料探索ガイド『ドラゴンマガジン』基本情報一覧(1988~1995年)

このうち第2~4章はインタビューに宛られていて、コラムで簡単に要点がまとめられています。インタビューで登場する人物は全員で8人に及びます。第2章では、『月刊ドラゴンマガジン』の実質的な創刊責任者の小川洋(のち富士見書房代表取締役社長)、表紙・グラビア・取材記事を担当した編集者の竹中清。第3章では、小説『風の大陸』の作者・竹河聖、『スレイヤーズ』のイラストレータあらいずみるい、マンガ『ドラゴンハーフ』の作者・見田竜介。第4章では、読者投稿ページ「ガメル連邦」の担当・加藤一、ゲーム小説『蓬莱学園』シリーズに関わった新城カズマ、創刊当時の読者でのちに小説家デビューを果たした伊藤ヒロがそれぞれ登場します。どのインタビューも興味深いもので、資料的価値もとても高いと言えるでしょう。

(b) 本書の内容

 次に本書の論旨を確認しましょう。「はじめに」では、1988年1月30日に発売された『月刊ドラゴンマガジン』が、現在のようなライトノベル雑誌でなく、浅香唯のコスプレを表紙グラビアにし、マンガ、アニメ、ゲーム、映画、模型、ジオラマ、アイドル、イラストレーションなど、多彩なジャンル/メディアで構成される「新しいタイプの若者向け雑誌」[山中2018:3ページ]として始まったことを指摘します。そのことは、『ライトノベル研究序説』の「はじめに」で一柳廣孝が指摘した、「複合的な文化現象[一柳2009:13ページ]としてのライトノベルに関わることだと言います。

 第1章「『ドラゴンマガジン』創刊前後の状況」では、1980年代半ば頃からの小説・ゲームにおけるファンタジー・ブームのなかで角川文庫・赤帯や富士見ファンタジア文庫の創刊という動きが起こり、その流れの延長線上に『月刊ドラゴンマガジン』の創刊が位置づけられると指摘します。創刊当初の同誌の特徴は、第1に文庫レーベルや新人賞と一体に展開されているところ、第2にビジュアルを重視して「夢」を実感するストーリー(=小説)を軸にマンガ、アニメ、ゲーム等々のジャンル/メディアを交えて「イマジネーションの世界」を表現するところだと言います。そして、同誌が想定していた読者は、多種多様なコンテンツを享受する「アニメやゲームで育ったメディアミックス世代[山中2018:3ページ]であったとします。

 

 先にも述べたように、第2~4章はインタビューに宛られています。第2章では、『月刊ドラゴンマガジン』が、アニメ誌『月刊ニュータイプ』(1985年~)、パソコン・ゲーム誌『コンプティーク』(1983年~)と密接な関わりを持って登場し、創刊から1年後のリニューアルで現在のような小説を中心とするメディアミックスの雑誌へと変化したと整理されます。

 第3章では、小説家とイラストレーターの意識的な協業が、インタビューと誌面の双方から確認されています。特にイラストを書くための方法論についての、あらいずみるいの発言は興味を惹きます[同上:114ページ以下]。また、見田竜介の発言は、異質なものが混じりあった創刊当初の同誌の様子をうかがわせます。

 第4章では、「読者・作家・編集者が交差する場[同上:180ページ]としての『月刊ドラゴンマガジン』の姿がインタビューを通して明らかにされます。読者投稿ページ「ガメル連邦」にせよ、『蓬莱学園』シリーズにせよ、「お祭り[同上:166ページ]のような盛り上がりがそこにあったわけです。

 

 第5章では、『月刊ドラゴンマガジン』創刊当時のより広い状況について論じています。まず、1980年代後半は「メディアミックス世代」向けの目立ったジャンルとしては、SFブームに伴う浸透と拡散(批判的な人から見れば、SFがSFでなくなってしまうと映ったことでしょう)SFとファンタジーがともにメディアミックスの波にさらされていると考えられていたといいます。

 この頃には、文庫やノベルズなどの小説の表紙にアニメやマンガなどのイラストを採用することが増えており、その代表としてアニメージュ文庫を取り上げます。また、若者の読書調査から「軽い小説」が好まれていて、コバルト文庫やハヤカワ文庫などがそれを意識していたこと、以上の動向を意識した雑誌『獅子王朝日ソノラマから刊行されていたこと(1985~92年)が指摘されています。ただし、『獅子王』はイラストを用いた文芸誌としての色彩が強く、ヴィジュアルをより突き詰めたのが『月刊ドラゴンマガジン』であったと山中は評価します。

 こうした経緯を踏まえて、『月刊ドラゴンマガジン』の3つの特徴が挙げられます。それは、①雑誌・文庫レーベル・新人賞の連携体制、②〝ビジュアル・エンターテインメント〟に適した誌面作り、③メディアミックスのための戦略誌、だといいます[同上:213ページ以下]。雑誌の系譜としては、巻頭にフルカラーの特集記事を置くという点で『アニメック』(1978~87年)と『月刊ニュータイプ』、アイドルを起用した表紙という点で『コンプティーク』、小説雑誌としてのモデルとして『獅子王』と『野生時代』(1974~96年)が参照されています。こうして、ビジュアルを活かした特集記事で読者の興味を惹き、作品・キャラクターを読者に寄り添って掘り下げることで、「メディアミックス世代」のための〝ビジュアル・エンターテインメント〟として『月刊ドラゴンマガジン』の創刊を評価することができると結論づけます。

3.本書が明らかにしたことと残された課題

(a) 本書の意義と論じ足りない点

 ここまで『『ドラゴンマガジン』創刊物語』の内容を紹介してきたことを踏まえて、いくつか指摘を行います。本書は、1988年の『月刊ドラゴンマガジン』の創刊の内実を明らかにするともに、80年代後半の出版状況を踏まえて同誌が創刊されたことの歴史的位置を評価することを試みたと言えます。また、数多くの関係者のインタビューを行って掲載したという点で、本書は資料的価値の高いものとなっています。

 ただし、インタビューで触れられていながら、深められなかった重要な論点もあるように思います。例えば、小川洋へのインタビューでは、『S-Fマガジン』(1959年~)や『奇想天外』(1974年、1976~81年、1987~90年)、『SFアドベンチャー』(1979~92年)との関係が語られています[山中2018:47-48ページ]。私の個人的な感覚としては、1980年代のSFブームから90年代の沈滞へという流れがあったと思うのですが、こうしたSFの動向と『月刊ドラゴンマガジン』の創刊がどのように交差したのかは深められず、状況としてしか触れられていない印象です。

 ただし、これはなかなか困難な指摘かもしれません。なぜなら、今日に至るまで現代日本のライトノベルはSF的な作品が相対的に少ないという特徴を抱えているからです。とはいえ素晴らしい作品は沢山あるので(注1)、論じる余地はあるように思います。実際、富士見ファンタジア文庫の1冊目は田中芳樹『灼熱の竜騎兵〈レッドホット・ドラグーン〉』(1989年)でした。その後も、森岡博之『星界の紋章』シリーズ(全3巻、ハヤカワ文庫JA、1996年)冲方丁マルドゥック・スクランブル(全3巻、ハヤカワ文庫JA、2003年)のようなライトノベルを意識した作品が出ています。また、『無責任艦長タイラー』シリーズ(全15巻、富士見ファンタジア文庫、1989~96年)の作者・吉岡平は、主人公のタイラーが『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーのアンチテーゼとして描いたことを述べています「ヤン・ウェンリーのアンチテーゼとしてのタイラー」 - Togetter

(注1)思いつくまま挙げますと、高畑京一郎タイム・リープ』(メディアワークス、1995年)、賀東招二フルメタル・パニック!』(全21巻、富士見ファンタジア文庫、1998~2011年)、鷹見一幸『でたまか』(全16巻、角川スニーカー文庫、2001~06年)、橋本紡リバーズ・エンド』(全6巻、電撃文庫、2001~04年)、三枝零一ウィザーズ・ブレイン』(既刊17巻、電撃文庫、2001年~)、秋山瑞人イリヤの空、UFOの夏』(全4巻、電撃文庫、2001~03年)、桜坂洋All You Need Is Kill』(全1巻、集英社スーパーダッシュ文庫、2004年)、有川浩塩の街』(全1巻、電撃文庫、2004年)、竹井10日東京皇帝☆北条恋歌』(全13巻、角川スニーカー文庫、2009~14年)、川原礫アクセル・ワールド』(既刊22巻、電撃文庫、2009年~)、榎宮祐クロックワーク・プラネット』(既刊4巻、講談社ラノベ文庫、2013年~)とかとか……。

 

 伊藤ヒロのインタビューでもいくつか興味深い点がありました。『コンプティーク』に掲載されていたリプレイ版『ロードス島戦記』(1986~88年)に触れている箇所があります[同上:171ページ]富士見書房も富士見ドラゴンブックを1985年から出していて、RPGリプレイなどのゲームものがライトノベルに果たした役割は無視できません。ドラゴンブックの「ドラゴン」が『月刊ドラゴンマガジン』へと引き継がれているという事実も含めて、どのように位置づけるのかを論じていないのは心残りです。

 同じく、伊藤ヒロのインタビューのなかで、富士見美少女文庫について触れているのも重要です[同上:173ページ]。実は著者の山中智省は、ライトノベル研究会の「ラノベ史探訪」コーナーや、学会論文で美少女文庫について論じている模様です(山中「〈富士見文庫〉検証 : ライトノベルジュブナイルポルノの"源流"をめぐって」『コンテンツ文化史研究』10・11号、2017年3月)。この論文が入手できていないので何とも言えませんが、せっかく著者のご研究があるにもかかわらず、富士見美少女文庫について言及が事実上ないのも気がかりです。

(b) 今後に残された課題

 個別の深められなかった論点のほかにも、本書が射程に収めることができなかった、今後に残された課題もあります。ここでは3点指摘しておきましょう。

 1点目は、「はじめに」でも触れられている『ザ・スニーカー』(1993~2011年)や『電撃hp』(1998~2007年)など、他のライトノベル雑誌との比較です。小川洋は『ザ・スニーカー』は「文芸の流れを汲んでいる」と発言していて[同上:64ページ]、非常に納得させられました。著者はすでにスニーカー文庫などの検討もしており[山中2016b]、今後の研究の進展を期待しています。

 2点目は、内在的な課題です。本書でも触れられているように、1989年3月号で『月刊ドラゴンマガジン』はリニューアルをするのですが、そのリニューアルの経緯について本書は明らかにしていません。文化現象だけでなく、当事者の立場からもライトノベルについて明らかにするという本書の立場を踏まえるならば、この課題が明らかにされてないのは残念です。(かなり難しい課題だとは思いますけれども。)

 

 3点目は、「おわりに」で述べられている著者のライトノベルの「再定義」についてです。これまでのライトノベルの定義は、「アニメ・マンガ風のイラストが用いられている」のような読者目線の外的な基準や、「一人称目線やセリフの多い小説」のような内的な基準が用いられてきました。もっとも穏当な定義としては、『ライトノベル完全読本』(日経BP、2006年)の「表紙や挿絵にアニメ調のイラストを多用している若者層向けの小説」が知られています。

 これに対して著者は、「はじめに」で触れている「複合的な文化現象」という観点に立ちながら、出版側の目線も重視する本書の議論を踏まえてライトノベルの再定義を試みています。その部分を引用しましょう。

マンガ・アニメ風のキャラクターイラストをはじめとした多種多様なビジュアルとのコラボレーションによって、ビジュアル文化にふれて育った中・高校生を中心とする若年層を小説(活字)の世界に誘い、彼らのイマジネーションを喚起して小説やその物語の楽しさを知ってもらうことを目的に誕生した、ライト感覚のエンターテインメント小説。[山中2018:229ページ 丸数字は筆者による]

この説明が、上の定義をより具体的なものにしていることが分かると思います。重要なのは、①単にイラストに限らずに「多種多様なビジュアルとのコラボレーション」として把握している点、②読者としての「若者」を「ビジュアル文化にふれて育った」人々として把握している点、③制作側の目的意識(=マーケティング戦略)を踏まえている点がです。

 

 ただし、この「再定義」についても若干の問題があります。一つは、1980年代(後半)以降に存在した「ビジュアル文化」とは何かという問題です。この用語自体が耳慣れない言葉ですし、「ポピュラーカルチャー」や「おたく文化」などと何が同じで何が違うのかを本書は論じていないように思います。

 もう一つは、定義の核心部分である④「ライト感覚のエンターテインメント小説」の意味内容がはっきりしないという問題です。例えば、1980年代の若者の読書動向が、「赤川次郎などをはじめとする「軽い作品」への傾倒」に特徴づけられることは本書でも触れられていますが[同上:197ページ]、その「軽い作品」を制作側がどのように考えていたかを明らかにしなければ、「複合的な文化現象」でなく単に「文化表象」を論じただけに留まってしまうのではないでしょうか。この点は、研究史との関係で言えば、大塚英志東浩紀のようなキャラクターに注目したライトノベル定義(注2)との関係から明らかにされるべきではなかったかと思います。

(注2)大塚英志『キャラクター小説の作り方』(『ザ・スニーカー』連載、講談社現代新書1646、2003年、のち角川文庫・海星社新書)、東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生――動物化するポストモダン2』(講談社現代新書1883、2007年3月発売)

(c) 「お祭り」というキーワード

 ここまで、山中智省『『ドラゴンマガジン』創刊物語』について、あれこれと論評してみました。特に最後に論じた「残された課題」は本書の議論の範囲を超えるもので、これからの研究や評論を通じて明らかにされるものだと思います。繰り返しますが、全体としてみれば、本書は『月刊ドラゴンマガジン』創刊の経緯とそれを取り巻く文化状況を明らかにした意義ある研究であると言えると感じています。

 本書を通読して私がとても共感したのが、「お祭り」というキーワードでした。これは、小川洋インタビューなかで「(『月刊ドラゴンマガジン』の創刊は)ある意味では祭りの狼煙だったのではないかと思います」と語っていて[同上:63ページ]、筆者は「おわりに」でこの発言を引き受けて、次のように書いています。

この「祭りの狼煙」という小川の言葉に象徴されるように、本書で見てきた『ドラゴンマガジン』の創刊から躍進までの軌跡はまさしく、若年層向けエンターテインメント小説を舞台に編集者、作家、読者の熱意と情熱が巻き起こした「祭り」さながらの様相を呈していた。そしてこの「祭り」の盛況ぶりはライトノベルの立ち上がりを周囲に示すとともに、源流となった〝ビジュアルエンターテインメント〟を拡散させる契機をも生み出していったのである。[同上:228ページ]

こうした著者の議論は、本書のサブタイトルである「狼煙を上げた先駆者たち」へと引き継がれています。「お祭り」という言葉は新城カズマのインタビューでも出てきています。

現在のライトノベルを生み出した巨大な渦巻きというか、苗床みたいなものがあって、その一端が『ドラゴンマガジン』であり、富士見ファンタジア文庫であり、『スレイヤーズ!』だったかと。(中略)自分たちが面白がっていたというのが、たぶん一番正しい。それはお祭りと同じで、結局すぐ終わるかもしれないし、ずっと続くかもしれない。先は分からないけれど、取りあえず今が面白ければいいんだ、あるいは面白くしようよ、みたいなものが、『ドラゴンマガジン』や『蓬莱学園』にはあったのだと思います。[同上:166ページ]

 

 なぜ私が「お祭り」という言葉に共感したかというと、それが私自身の『月刊ドラゴンマガジン』経験でもあるからです。A4変判のあのカラーページを開いた時のドキドキ感、秋田禎信あざの耕平賀東招二築地俊彦ら短編小説の名手たち、「小説創るぜ!」、「皇龍杯」、「狗牙絶ちの劔」などの読者参加企画、MEE『はいぱーぽりす』やきゆづきさとこ『ろーぷれぐるぐる』などのマンガ作品、「仁美と有佳のどらごんデンタルクリニック♥」(2004~06年放送)や「富士見ティーンエイジファンクラブ」(2006~08年)といったラジオ番組など、数々の思い出があります。

 以前にも、「ライトノベルにおけるアンソロジーの位置とその歴史」(2017年12月番外号)のなかで、富士見書房から刊行されたアンソロジー作品が、「お祭り騒ぎ」を楽しむものであったと指摘しました。また、その後、2000年代末から10年代初頭にかけて「お祭り」の雰囲気が変化したように感じています。このように、本書がひろい上げた「お祭り」というキーワードは、筆者である私自身の実感でもあるのです。

おわりに

 以上、山中智省『『ドラゴンマガジン』創刊物語』について取り上げました。紹介と論評をあれこれしましたが、とにもかくにも、本書は「ライトノベル史入門」の名に恥じない、大変に興味深い内容でした。前著『ライトノベルよ、どこへいく』は小さい活字のいかにも専門書という感じでしたが、今回は特に図版が見やすくて好感を持ちました。第一線の研究者が、多くの読者を想定した一般書を出したことは、とても喜ばしいことだと思います。また、あらいずみるいの素敵なカバーイラストも必見です。

 

 1980年代後半から90年代初頭という、現代日本のライトノベルに直接繋がる時代を本書は取り上げていますが、この時代は日本の「おたく文化」のなかでも特筆すべき時代であったように思います。この時代の研究は、今後進められてゆくことになるのでしょうが、なかでも1980年代のOVAについて語っておられた吉田正高氏(東北芸術工科大学教授、コンテンツ文化史学会会長)が3月31日に急逝されたことは、とても残念でなりません。この場を借りてお悔やみ申し上げる次第です。

 私はコンテンツ文化史学会の会員でもなければ、いわゆる「おたく文化」の研究者でもありませんが、精力的な活動を続けておられた吉田氏を尊敬しておりました。これから、山中智省をはじめとした若い研究者の活躍で、この喪失が乗り越えられることを望むばかりです。湿っぽくなりましたが、ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

【参考文献】

一柳廣孝久米依子ライトノベル研究序説』(青弓社、2009年4月発売)

大橋崇行「創刊の辞」(大橋崇行・山中智省『ライトノベル・フロントライン1』所収、青弓社、2015年10月発売)

・山中智省『ライトノベルよ、どこへいく 1980年代からゼロ年代まで』(青弓社、2010年9月発売)

・同上「専門レーベルの誕生――「角川文庫・青帯」から「スニーカー文庫」へ」(大橋崇行・山中智省『ライトノベル・フロントライン2』所収、青弓社、2016年5月発売)

・同上「〈ライトノベル雑誌〉研究序説」(大橋崇行・山中智省『ライトノベル・フロントライン3』所収、青弓社、2016年12月発売)

・同上『『ドラゴンマガジン』創刊物語 狼煙を上げた先駆者たち』(勉誠出版、2018年1月発売)

 

ライトノベル史入門  『ドラゴンマガジン』創刊物語―狼煙を上げた先駆者たち
 
ライトノベルよ、どこへいく―一九八〇年代からゼロ年代まで

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