軍事リアリズムは米軍基地を描く?
ライトノベルはエンターテイメント小説ですが、実は政治の争点となったり、社会問題とされたりする題材が描かれています。ハードなSFやファンタジーでは、作品の設定上こうした傾向は薄いのですが、多くの場合、読者の共感を得るために「日常」を題材にするので、ライトノベルには社会問題がしばしば描かれます。
とはいえ、あくまでエンターテイメント小説であり、キャラクター小説であるライトノベルでは、社会問題そのものを深く描くことは避けることが一般的だと思います。読者の「好き/嫌い」に当面する可能性が高く、キャラクターの力で解決不能なことも多く(それを逆手にとって一発逆転というストーリーもありますが)、何より辛気臭くて面白くない題材です。基本的には、物語や登場人物の背景として描写される程度でしょうか。
ここで、ちょっと面白い題材があります。それが、米軍基地です。
米軍基地が現代日本の軍事・防衛をめぐる複雑な関係の中にあることは多くの人が知っています。しかし、沖縄を除いて、この問題が政治の大きな争点になることはあまりありませんし、日常の話題となることも少ないものです。
しかし、いくつかの作品が米軍基地を取り上げています。これらには共通点があり、ここでは「軍事リアリズム」として取り上げてみたいと思います。
―目次―
沖縄出身作家の描く沖縄米軍基地
現在17巻まで刊行されているMF文庫Jが誇るヒット作『あそびにいくヨ!』は、気が付けば今年で10年目です。2006年から他の作品を執筆する関係からか、刊行スピードが遅くなっており、15巻からはイラストが変わるなどトラブルも色々ありますが、2010年のアニメ化の際は舞台である沖縄の色々な食べ物が出てきて、非常に楽しめました。作者の神野オキナが沖縄出身であることは、よく知られていることと思います。
さて、本作は主人公・嘉和騎央(かかず・きお)の所にある日美少女ネコミミ宇宙人のエリスがやってきて、他のヒロインたちも騎央をめぐる恋のバトルを繰り広げるという、典型的な押し掛け+ハーレムのラブコメです。ヒロインの一人金武城真奈美(きんじょう・まなみ)は米軍基地を通してCIAの現地協力員ですし、もう一人のヒロイン双葉アオイ(ふたば・あおい)は入国管理局特別室の非合法工作員です。二人とも武器を取って戦うヒロインです。
もちろん、二人の肩書は架空のものですが、こうした登場人物・舞台の設定が東シナ海に浮かぶ米軍の駐留する日本領という、沖縄の地理上・政治上の特殊な位置を反映ていることは間違いありません。作品の中で米軍基地が日常のものであるという前提が描かれ、その上で話が展開するのも、沖縄出身の作家だからこそなのかもしれません。
ウィキペディアでは、神野の作風について以下のように書かれています。
デビュー当初は綿密な銃器描写や武器描写に加え、陰鬱で、絶望的な状況になった主人公たちが、自分たちが所属する「世界」そのものを相手に戦う、という内容の作品が多いが、ソノラマ文庫「南国戦隊シュレイオー」でコメディタッチを導入、さらにMF文庫Jにおいて、それらを全て払拭した完全なコメディ作品「あそびにいくヨ!」を発表…[Wikipedia-神野オキナ、2013年8月23日閲覧]
このように評されるデビュー作『闇色の戦天使(ダークネス・ウォーエンジェル)』 (イラスト:近藤敏信、ファミ通文庫、1999年12月発売)は、彼の作家生活に相応しい作品ではないかと思います。
ですが、ウィキペディアは作品の雰囲気がガラッと変わったことを指して書いているのでしょうが、実際には『あそびにいくヨ!』でも、上で見たように、その底流に作者の軍事に対する関心があることは間違いないでしょう。
もちろん、これはハードなバトルものではありませんから、愛する主人公のために真奈美とアオイが嘉手納基地に突っ込むという、1巻(2003年10月発売)の痛快なシーンが成り立ちます。本当にやったら、いくら「戦うヒロイン」でも生きては帰れないでしょう。
注目すべきは、この1巻の盛り上がりのシーンで二人のヒロインはCIAと日本政府を裏切ることです。すべては愛する主人公のため。凄いですね。これでこそ、アクションラブコメです。沖縄という周辺から国家が相対化されることで成り立った作品と言えるでしょう。
国家をどう描くのか
ここで問題となるのが、ライトノベルが国家をどう描くのか、という問題ではないでしょうか。ここでは、米軍基地を描いた作品の中で好対象をなす二つの作品を取り上げます。
一つは、岡本タクヤ『武装中学生2045-夏-』(イラスト:黒銀、ファミ通文庫、2012年2月発売)です。武装中学生シリーズは、野島一成が中心となったエンターブレインのXXolution projectの第一弾の作品で、本作もこのスピンオフ作品。近未来の日本を舞台とし、経済大国から転落して社会や国際関係が荒廃する中で、防衛教育組織が作られてその生徒たちが活躍するという内容です。
こうした設定が現実の社会意識のある部分に即したものであるのは疑いありません。この作品では、生徒たちが武装する理由は日本という国家のためです。本作では、舞台設定における世界情勢の変化しても日米安保が維持され、沖縄の米軍基地の存在が語られています。この設定の下で、キャラクターの戦いの青春が描かれるという構図です。
もう一つは、築地俊彦「まぶらほ」シリーズの長編2巻『アージ・オーヴァーキル』(イラスト:駒都え~じ、富士見ファンタジア文庫、2003年6月)です。ちょうど10年前の作品ですね。長編ではヒロインの宮間夕菜(みやま・ゆうな)が体内に悪魔を宿していることから賢人会議という謎の世界的組織から狙われるという内容です。
ここで登場する米軍基地は、日本におけアメリカ合衆国政府の出先機関です。世界と日本をつなぐ治外法権のゲートから、夕菜を狙うエージェントはやってくるのです。この作品では、国家は個人の生命に対して冷酷な存在です。キャラクターはボロボロになりながら、孤立無援の戦いを繰り広げます。
この二つの作品は、軍事ものと切り離せない国家という存在について、極めて対照的な描き方をしています。いずれも、国家のある側面を描いていると言えるでしょう。その意味で二つの作品に共通しているのは、軍事に対するリアリティを考えた上で作品をリアルに描こうとしていることです。これを「軍事リアリズム」と呼んでみました。
このリアリズムがあるからこそ、米軍基地という社会の争点を描かざるを得ないのです。ただこの点の深めてゆくと、リアリズムをめぐる文学史上・学説史上の対立に行きあたるので、専門ではない私の手には余りそうです。しかし、「軍事リアリズム」は本来文学的なものではなく、政治的・軍事的なものです。この両者がいかにつながっているかということは、エンターテイメント小説としてのライトノベルを考える上で重要な問題と思うので、今後何度か機会を設けて考えてみたいと思います。
(2017年2月28日 一部修正)
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